民医連新聞

2006年8月21日

生活保護が“保護”しない ―「適正化」の名の下で

  生活保護制度は、憲法に保障された生存権と人権を守る制度です。失業や疾病で生活困難な人が増える中、「命綱」の役割はますます期待されるはず。でも現実 は…生活保護から閉め出され、餓死や孤独死、自殺に至るなど、胸の痛む事件が続発しています。生活保護に、何が起こっているのでしょう。(木下直子記者)

餓死、自殺…事件続出

 今年五月、北九州市の市営住宅で五六歳の男性の孤独死が見つかりました。生活保護の申請に、昨年秋から何度も市役所を訪れましたが門前払いされていました。電気・ガス・水道は止められ、亡きがらはミイラ化していました(四月以降、同市でほか二件の死亡事件)。
 七月には秋田市福祉事務所前で三七歳の男性が抗議自殺。病気で失業、車中生活を一年続けました。再起を決意し、秋田市に出した生活保護の申請は二度の却 下にあいました。「自分が犠牲になって福祉を良くしたい」と、言い遺しました。

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 「生活保護は、二つの側面で改悪がすすめられています」と、全国生活と健康を守る連合会(全生連)の辻清二事務局長は指摘します。
 「ひとつは、生活保護基準の大幅な切り下げ。もうひとつは、『適正化』の名による保護窓口での申請拒否や、保護打ち切りの強化です。北九州市や秋田の事 件は、この路線を忠実に実施してきたことを背景に、起きたと言っていい」。

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 民医連のSWからも、申請拒否や、嫌がらせのような申請前の資産調査、保護打ち切りの事例が多く報告されています。
 「『保護を受けたいなら、家にある茶碗を漂白して売れ』と指示された」、「申請用紙をやっと出させて申請。しかし一カ月後、市は『眼鏡と礼服は資産。質 屋で見積もりをもらえ』と、言ってきた」、「生保の申請窓口に警官が配置され、申請がしにくい」(右)など。
 SWからは「保護課に申請に行っても、一回目は受け付けてくれない。役所側には、『二回目でも断れば諦めて、三回目は来ないだろう』という思惑がある」という指摘も。
 また保護が受給できても、「働ける年齢」というだけで、本人の病気や地域の雇用事情を無視して保護が打ち切られたり、介護サービスの利用や受診を控える よう指示されるケースも。「退院直後に有無を言わさず保護が廃止に」、「禁煙外来の受診を希望したが、保護課が受診を認めない」、「介護サービスを増やそ うとしたら、『生活保護のワーカーに(受けて良いか)相談するように』と指示が。ケアプランは介護保険の範囲内なのに」、「生保の方が亡くなり、葬儀を扶 助で行ったら、役所が遺骨を遺族に渡さない」というケースまでありました。

厚労省『手引』でしめつけ強化

 この路線に拍車をかけたのが、今年四月に厚労省が通知した『生活保護行政を適正に運営するための手引』(以下『手引』)です。
 「生活保護申請の意志がある人の申請権を侵害しないように」という項目以外は、一貫して「保護抑制」に力点がおかれています。
 その内容は、(1)預貯金など資産調査を強め申請を拒否する、(2)就労しないことを理由に「指導」し、指示に従わない時は保護を打ち切る、(3)年金 担保の貸付を制限し、場合によっては保護しない、(4)「不正受給」は積極的に警察へ告発、など。警察への告訴状の書式までありました。
 驚いたのは、不正受給者への対応フローチャート。保護課が「不正」と疑えば、どんなケースでも、最後は「保護廃止」に行き着きかねないものでした。
 「生活保護を申請する人を最初から疑ってかかる発想ではないか」、『手引』を見たSWは憤ります。「年金額が上がったのに気付かずにいた生保の高齢者 が、『報告しないのは不正』とすぐさま断定された」という事例も出ています。
 通知からわずか四カ月、全生連でもしめつけの強まりを実感しているといいます。

「骨太方針」のターゲットに

 『手引』通知の背景には、生活保護の国庫負担を削減したい政府と、自治体との取り引きがあります。自治体の反対で、「国庫負担四分の三」の現行水準を維持しましたが、自治体側は「運営の適正化で予算削減する、できなければ、国庫負担の削減に道を開く」約束をしました。
 先月政府が閣議決定した「骨太方針」(経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006)は、削減の中心を社会保障にし、中でも生活保護をやり玉にあげ ています。厚労省幹部からは「年金、医療、介護と改革をすすめてきた、手つかずは生保だ」という発言も出ています。
 「本来『手引』は自治体を縛れません。自治体は、生活保護の申請意志がある人を、拒否してはいけないし、保護申請を受ければ、調査義務が発生します。し かし、ノルマのように『何人の保護を切るか』と担当職員を追及している自治体もあります」と辻さん。
 「生活保護基準以下で生活している人が、生活保護世帯の五倍、一〇倍いる、生保は年金よりマシだと、困窮する国民同士の分断をねらった攻撃もあります。 でも、年金が月にたった三、四万円にしかならないことの方がおかしい。生活保護基準は、老齢基礎年金や最低賃金、就学援助や公営住宅の家賃減免などと連動 しています。国民の最低生活保障を守り改善させることが、全体をひきあげます。多くの人といっしょにたたかえる条件は広がっています」。

切り下げ…03、04年と史上初の保護基準カット/05年には多人数世帯の保護費、老齢加算、母子加算が減額。06年4月から老齢加算廃止。高齢者の生活保護基準は03年度の8割に。
適正化…窓口で生保申請をさせない、「水際作戦」/保護打ち切り
生活保護の窓口にもと警官が――香川・高松市
 高松市は、生活保護課の初期面接官として5人の警官・刑務官OBを配置しています。さらに、「公正を期す」との名目で、保護申請相談の場の同席は、親族と民生委員に限り、SWは許されません。入院時の生活保護申請でも同じです。
 また、14日以内にしなければいけない保護決定を、「特別な理由があるとき」に限定されている30日までかかることが常態化しています。
 制度の知識の乏しい相談者が、威圧されながら現状を訴えることは困難です。お年寄りが「最後の頼み」と生活保護の相談に行ったが、複数の面接官から取り 調べのように対応され、泣いて帰ってきた、入院の医療費に困って申請を行ったら、「お前はウソをついているだろう」と怒鳴られた、などの話も。保護が必要 なのに「相談」の形で追い返され、申請できない人があい次いでいます。
 元警官・刑務官の配置は、生活保護費を暴力団が不正受給した5年前の事件がきっかけでした。しかし、不正対策として本当に保護が必要な人を閉め出すのは「適正」ではありません。
 高松市政はこの方法を「高松方式」と誇ってさえいます。香川民医連は、生活と健康を守る会などとともに、市政に、抗議や申し入れを何度も行っています。
資料・あいつぐ死亡事件
北九州市…5月23日、市営住宅で餓死・ミイラ化した56歳の男性が発見された。市は男性の窮状を知っていたが、保護しなかった。
 昨年9月末、水道局の緊急通報で、市ケースワーカーと保健師が男性宅を訪問したが、「緊急保護は必要なし」とした。同日、男性は生保申請に行ったが門前 払い。12月、電気・ガス・水道が止まり、所持金も尽き再び申請に行くが、「親族を頼れ」とまた門前払い。年明けも、役所に男性から助けを求める電話が あった。1月過ぎに餓死した模様。
 生活保護法は、急迫した状況の人を自治体が速やかに職権保護するよう定めている(4条、25条など)。同市は本件での必要性を認めていない。
 同市は、相談・申請件数・申請率をグラフにし、福祉事務所間で保護率引き下げを競わせている。「しめつけ」に熱心な職員には勤勉手当が出る。生保の相談 件数に対し申請件数は20.8%と低い。他にも、母娘が餓死(4月)、60代夫婦が変死(6月)といった事件が起こっている。
秋田市…7月14日、37歳の男性が秋田市の福祉事務所前で、保護行政に抗議自殺。
 男性は5年前、睡眠障害で運送会社を解雇された。再就職口がなく住居も失い、1年前から車で生活。1度生保の相談に行くが、住所がない、と断られた。1 日1食、保険証もなく治療できずにいた。友人づてに生活と健康を守る会を知り、「病気が治るまで生保を受け、自立したい」と5月、6月と生活保護を申請。 しかし、秋田市は2度とも「働ける」と却下した。男性は「生活保護課は保護しない課になった」と、よく口にしていた。 秋田市側は落ち度を認めていない。

(民医連新聞 第1386号 2006年8月21日)

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