事業所のある風景

2017年1月16日

民医連事業所のある風景 大阪/たいしょう生協診療所 地域住民と力をあわせて しあわせになるまちづくり

 大阪市大正区は市の南西部、もともとは三角州だった土地で区全体が運河に囲まれた島状の地形です。東を木津川、西を尻無川に囲まれ、橋を渡らないと区に入れません。大都会にもかかわらず「渡し船」が通勤のあしともなっています。

「リトル沖縄」 ともよばれる

 明治の初期、大阪紡績会社(現:東洋紡)がイギリスから日本で初めての蒸気式の紡績機を輸入して、大阪を日本一の紡績工業都市へと押し上げ「東洋のマンチェスター」とも呼ばれる場所となりました。その後、大正から昭和にかけ、製鉄所や造船所が作られ重工業の町となり、働き口を求めて沖縄県からの移住者が多く集まりました。現在も沖縄料理や沖縄食材を扱う店が多く、「リトル沖縄」とよばれることもあります。
 1980年代以降、産業構造の変化で重工業が振るわず撤退する企業も増えました。現在は中小規模の事業所が企業団地を形成して、ものづくりにも奮闘しています。しかし人口が約6万5千人に減少し、現在大阪市で一番人口が少ない区で独り暮らしや貧困層が多い街でもあります。

在宅医療強化と無料低額診療事業の推進

 旧名称の大正民主診療所は1975年に開設し41年が経過、わかば歯科は1986年に開設し30年が経過しました。両事業所が中心となり介護事業も展開、大正区になくてはならない存在へと成長しました。2011年に合併し、「大阪きづがわ医療福祉生活協同組合」となり、地域の拠点病院との連携と、機能強化型在宅支援診療所として、在宅医療を強化してきました。また、無料低額診療事業も行っています。
 合併後法人の中長期計画の第1弾として、わかば歯科新築と24時間ケアができる小規模多機能型居宅介護施設の建設、大正民主診療所も移転し、一体の事業所とする事業計画を策定しました。建設運動は2013年3月からスタートし、目標であった1億円増資運動も2016年6月に達成しました。2016年7月、診療所の名称は医科歯科あわせて「たいしょう生協診療所」として生まれ変わりました(小規模多機能型居宅介護施設「にじの家」は9月オープン)。

HPH国際ネットワークにも加盟

 鈴木昇平所長となって5年がたち、大阪家庭医療センターの副センター長として数多くの研修医を受け入れてきました。今年度(2016年)から家庭医コース志望の3年目後期研修医の研修も始まり、医師を育てる診療所として定着しつつあります。また2015年からはHPH国際ネットワークにも加盟し、生協活動の歴史もいかしながら地域での健康づくり活動も積極的に行っています。
 私たちは、特色あるこの大正区の町が本当に好きです。高齢化、人口減少、子どもの貧困など課題は山積していますが、大好きなこのまちで、いつまでも安心して住み続けられる、私たち医療福祉従事者も地域住民も力をあわせてしあわせになる、そんなまちづくりをすすめるために奮闘します。
たいしょう生協診療所・事務長 平井正美)

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