民医連新聞

2017年3月21日

労災認定求める元東電社員 一井唯史さん × 漫画家 吉良ひかるさん 国や東電は「切り捨て」やめて 原発事故被害者も労働者も

 昨年一〇月三一日、原発事故への賠償業務にあたっていた東京電力社員が、長時間過密労働でうつ病を発症し、労働災害を申請したと公表しました。申請後に開いた記者会見では、いまも一〇万人近くが避難を強いられていることにふれ「社員として謝罪したい」と頭を下げました。一井唯史さん(35)です。会社は労災と認めず、その後「休職期間終了」を理由に一井さんを解雇。原発事故の被害者を顧みない東電は、そこで働く人たちも使い捨てていました。漫画家の吉良ひかるさん(本紙連載中)が一井さんに聞きました。吉良さんの父は東電社員で、会社の思想差別とたたかった人です。

吉良:初めまして。労災申請を公表したこと、勇気があるなあと思ってニュースを見ました。
一井:自分だけの問題ではないので思い切りました。東電と原発事故の被災者の方々とでは、一〇〇対〇で東電が悪いのに、東電は被害者に謝罪する姿勢で賠償をしていないと感じてきました。私の労働問題も東電の体質から来るものです。事故も体質に起因します。

不誠実な賠償業務

吉良:賠償業務はどうでしたか?

一井:事故後、東電は個人や法人の損害賠償部門に人を集めました。私は二〇一一年秋に法人賠償のクレーム対応をする「協議グループ」に配属されました。「協議」といっても名ばかりで、一度決まった賠償内容を変更する権限がなく「提示内容で納得させろ」と言われていました。お断りマシーンと化した謝罪部隊です。東電側が損害をきちんと拾えていないからクレームが出るのです。忙しい時期は、一人一八〇社の賠償案件をふられ、膨大な資料が見終わらない。明らかに無理な過重業務でミスが出てクレームが増える悪循環です。
吉良:その後、異動した先で、うつ病を発症されたんですね?
一井:一三年二月に法人賠償総括の「基準運用チーム」に配置されました。賠償の審査担当者やその管理者、一一のグループ六〇〇人が判断に迷う案件の相談に乗り、賠償方針を指南する役目です。審査経験や基準関係が経験不足なのにアドバイスしなければなりませんでした。最初は質問の意味も分からず、休日をフルに使って勉強するしかありませんでした。サービス残業を入れると残業は最大で一六九時間でした(下資料)。指南した内容が同業他社の賠償にも影響するため、ミスが許されません。
吉良:キツいですね。

職場全体が疲弊して

一井:そこに賠償業務を委託化する準備が入ってきました。
吉良:被害者への賠償業務を外に委託したんですか?
一井:そうです。専門知識が必要で人の人生を左右する業務を派遣にさせるのです。そうした方針にも、被災者をないがしろにする姿勢が表れています。大問題です。チームメンバー六人中四人が委託化準備にあたり、本来業務は残る二人に任されました。しかし私の他もう一人は心身喪失状態で有休を使い切り、クビにならないようなんとか出社している状態でした。実質、一人で六人の仕事を抱えることに…。緊張が続くと疲労困憊します。職場と家が離れていたので深夜一時過ぎに帰り翌朝七時前には家を出て出勤する日々。睡眠時間は三~四時間、脳も覚醒して眠れません。吐き気や視野狭窄、昏睡し出社できないなどの症状が出ました。一カ月後に異動が決まっていたので耐えましたが、異動直後に身体がコントロールできなくなりました。メンタルは強いという自負もあり、立て直せると思っていたのですが、上司の命令で心療内科へ。うつと診断、休職となりました。

労働災害が封じられた

吉良:うつの発症が業務によるものだと会社に話したんですよね?
一井:ええ。休職を知った前のチームの人からも「誰が倒れてもおかしくない」とメールが来ましたし、先輩社員が心身を壊していましたから、さすがに認めてくれるだろうと。ところが「労災」ではないかと聞いた途端、返事がなくなりました。
吉良:相談しただけで?
一井:「そんなに労災がイヤなの?」という感じです。労災となれば会社の責任が問われ、私が居た賠償業務の体制にもメスが入りますから、この件を「私病」にしたかったのですね。会社から回答無しの「封じ込め」期間は二年に及びました。頭の重さや激しい物忘れなどの体調不良に悩まされ不安だらけの厳しい療養生活でした。
吉良:私の父は、政治活動に関わる社員を賃金差別や人権侵害していた会社に思想差別撤廃裁判(各地の原告一六五人)を起こしたので「昭和時代の東電はひどかった」と思っていましたが、いまも十分おかしいですね。
一井:「会社に異を唱えることは許さない」という体質です。本来、原子力のような危険なものを扱う組織では、問題点に気づいた職員の声を大事にしなければ、安全は守れない。なのに会社の利益や組織の体裁を最優先します。

東電OBに出会い

吉良:その封じ込められた状況から動き出すきっかけは?
一井:世間の方がどのように考えているかを知りたくて地域の脱原発の集まりに参加したんです。そこで身の上を話したら「東電で思想差別とたたかった人を知っている」とOBを紹介されました。
「俺たちの時に似ている」と励まされ、社会保険労務士の色部祐さん(民医連OB)ともつながりました。弁護士に相談しても「相手が東電でしょ?」と相手にされなかったのに、色部さんは「労災です」と言ってくれた。心身のバランスを崩した病人が自力で労災だと立証することの難しさは半端なものではありません。東電OBの鈴木章治さんの助言で、勤務実態を証明できると気付きました。
吉良:鈴木さんは父の仲間です。裁判記録を読むと、会社に物言う社員は、資材調達などに配置され、他の社員から隔絶されましたが、「必要物品を聞き取る」との口実で各職場を回り、接点を持つ努力もしたそうです。労災申請を公表後、同僚の反応はどうでした?
一井:基本的には無視されます。また、賠償の実態を知らないエリートの同期からは「感情でものを言うな! 『ブラック企業』と言われた社員の子どもの身にもなってみろ」と言われました。「世間はブラックだと分かっている。被災者にも家族がいる。自分のことばかり考えてないで接してみろ」と返しました。
吉良:「真面目な社員」と、会社に無批判なことは別ですよね。
一井:事故が起きても社内では原発事故の説明がされなかったため、社員間でも事故の捉え方が違うのです。社内では賠償の原資を得るために原発再稼働が必要だとされ、刷り込まれています。
吉良:原発事故があっても社外にも社内にも誠実に向き合わない体質が、被災者や労働者切り捨てにつながっているのですね。
一井:加害企業の自覚がありません。自殺した被災者にさえ東電は「個人の脆弱性」と言い放ちます。自主避難者の家賃補助も今月末で打ち切られ、汚染の実態すら公表しません。白血病や甲状腺のがんと原発事故の関係も言下に否定します。
吉良:これからも原発や被災者問題を解決したい一人として、一井さんを応援します。父たちの裁判は九五年に解決し「アリが象に勝った」と、言われました。
一井:建設的にモノを言っても封じ込める社風はお父様より以前からあったようです。東電に灸をすえて正しい世の中にしたいです。
文・木下直子/写真・土屋結


いちいただふみ:元東京電力社員。長時間過密労働でうつ病を発症した、と労災申請し公表。2016年11月に休職期間終了を理由に解雇された
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きらひかる 本紙「たんぽぽさん」作者。青木朋の筆名で歴史やファンタジーを融合した作品を描く。秋田書店・ミステリーボニータで『天空の玉座』連載中。『真机上の九龍』『土砂どめ奉行ものがたり』ほか

(民医連新聞 第1640号 2017年3月20日)

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