事業所のある風景

2019年4月15日

民医連事業所のある風景 福岡/親仁会 米の山病院 「めぐまれない人々、貧しい人々の医療機関を」の志を受け継ぐ

炭鉱で栄えたまちに

 米の山病院がある大牟田市は、福岡県の最南端に位置し、かつて三井の石炭鉱業で栄えた都市です。当事業所は、水田精一郎医師の「めぐまれない人々、貧しい人々の医療機関をつくりたい」という願いで水田医院が開院され、その志を受け継ぎ、1959年45床の米の山病院が開設されました。1963年10月に医療法人親仁会として発足し、その年の11月に、三井鉱山三池鉱業所三川坑(三川坑)の炭塵爆発事故が発生しました。死者458人、救出された940人のうち一酸化炭素中毒患者839人という大惨事となりました。故・松石秀介医師(後の理事長)は「医療とは結果だけに責任を負うのか、それともそれを生み出す原因にも責任を負うのか」と述懐しておられ、民医連の原点を見るようです。

2016年3月に新築移転

 米の山病院は2016年3月に新築移転をし、現在では219床の病院となりました。移転に際しては「地域に根ざした病院を 患者に寄り添う医療を」をスローガンとして、3年6カ月をかけて地域の方々とも論議を重ね、リニューアル計画を作り上げました。法人のセンター病院として、救急医療を含め、急性期疾患に対応すべく体制を整えると同時に、回復期のリハビリテーションの機能も充実しています。また、隣接していた米の山歯科診療所は病院内歯科となり、入院患者の治療や口腔ケアができるようになりました。

共同組織の存在と支えも大きな強み

 大牟田市は高齢化率が35.7%と高く、認知症、高齢者の独居世帯、老々介護、精神疾患などの困難を抱えた患者が増えています。高齢者に優しい病院づくりをめざし、療養時は、多職種でカンファレンスを行い、退院困難な方でも安心して療養できるようとりくんでいます。退院前・後の自宅訪問は、看護、リハビリセラピスト、MSWを中心に行っており、ときには自宅清掃で環境を整えて退院につなげるなど、日々、奮闘しています。
 また、私たちの医療・介護の強みは、共同組織の存在と支えがあることです。ありあけ健康友の会、不知火健康友の会の支部長との定期懇談会では、病院への意見や困難な患者事例を話し合います。「この地域にこんな困った人がいるよ」「無料低額診療を勧めたいけれど、どうしたらいい?」など地域の様子がつぶさにわかります。「高取ふれあい子ども食堂」では、支部長さん方のパワーが全開となり、職員は到底かないません。料理・配膳・片付けをテキパキと行い、児童の交通整理や見守りなど、心強いばかりです。
 今後、この地域では人口減少、高齢化がますます進行すると予想されています。しかし、地域の変遷はあろうとも、地域とともに健康づくり、まちづくりをすすめ、「最後のよりどころ」となる医療機関をめざし奮闘します。
米の山病院事務長 伊見 万弓)

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