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2019年11月19日

利益をあげる企業にこそ応分の負担を 神戸大学 井口克郎准教授に聞く 負担増と給付減を“全世代”に押し付ける「全世代型社会保障」

 政府は9月20日、「全世代型社会保障検討会議」(議長=安倍晋三首相)の初会合を開き、年金、医療、労働、介護など社会保障全般にわたる“改革”について検討し、年末には中間報告、来年夏にも最終報告をとりまとめるとしています。政府がめざす「社会保障の未来」とは―。神戸大学准教授の井口克郎さんに聞きました。(丸山聡子記者)

 2012年に成立した社会保障改革推進法は、社会保障を国の責任で行うものから、「自助」「互助」、つまり国民同士のささえ合いへと転換し、解体してきました。「全世代型社会保障」の基本路線は推進法と変わらず、さらにおしすすめようとするものです。
 この間の社会保障削減で、国民の不満は高まっています。そこで、あたかも社会保障が良くなるかのように政府が持ち出したのが「全世代型社会保障」です。

「全世代型社会保障」がねらうもの

 「全世代型社会保障」という言葉が意味するところは2つあります。これまで政府とマスコミは「高齢者は優遇されている」というイメージを広め、若者↓高齢者へのバッシングをあおり、世代間の分断・対立を深めてきました。「全世代型社会保障」は、若者や子どもにも振り向けていくというイメージを抱かせます。しかし、社会保障予算を大幅に増やすわけではありませんから、社会保障全体が良くなることはありません。
 「全世代型社会保障」の持つ意味はもうひとつあります。これまで社会保障にかかる保険料などの負担は、年金制度に代表されるように、主に若者、現役世代が担うとされてきました。しかし今後は、高齢者も働ける人は働き、「社会保障の担い手となれ」と求めています。社会保障の担い手も「全世代」というわけです。
 また、営利企業が社会保障をいっそう利潤追求の対象に変貌させようというねらいが透けて見えます。たとえば、医療・介護現場への情報産業技術の導入です。この間の社会保障費抑制の結果、医療・介護の現場は慢性的な人材不足です。そうやってつくり出された状況を利用して、IoTの導入、機械化をすすめ、企業は莫大な利益を得ようとしています。
 一方では、低所得者ほど負担の重い消費税を増税し、「消費税を社会保障分野に」と言い、ふたを開けてみれば、社会保障分野に自社の製品や技術を売り込み、利益を得る。消費税の導入以降、それと反比例するように法人税は引き下げられました(図1)。財界・大企業は国民に税金を負担させ、自分たちは極力税金を払わないばかりか、社会保障予算にたかってもうけようとしています。
 医療・介護の現場をささえる専門職のみなさんは、患者・利用者ひとりひとりに合ったケアを考え、実践してきたはずです。しかし、例えば「効率化」の名の下でAIなどが導入され、サービスが平準化されれば、それから外れたサービスは、当事者にとって真に必要であってもチェック・排除されてしまう可能性があります。

口は出してもカネは出さない財界

 国民にこれまで以上に給付削減と負担増を求めるものでありながら、「全世代型社会保障検討会議」には労働者・国民の代表が入っていません。議長は安倍首相で、財界のトップである中西宏明経団連会長や櫻田謙悟経済同友会代表幹事など経済界の人ばかり。
 会議では、社会保障の負担を国民に転嫁する意図を持った意見が相次いでいます。自己負担の増加を国民に求めるものや、社会保障負担の支え手を増やすために高齢者の「雇用によらない働き方」を拡大するといった趣旨の意見も出されています。まさに財界は「口は出すが、カネは出さない」といった雰囲気です。
 さらに検討会議は、会議での意見を紹介する際は原則発言者の名前を伏せることとし、また会議内容は必要に応じて非公開にすることもできるとしています。国民生活にかかわることなのに、当事者である国民は意見を言う機会さえなく、何が議論されているかを十分に知ることもできない。「国民を参加させない、知らせない」という姿勢がこれほど一貫している会議もなかなかありません。
 そもそも、今回の改革のように消費増税によって一般庶民に大きな負担を強い、それで得た税収を再び庶民にまわすといった「傷のなめ合い」のような仕組みは、社会保障ではありません。本来の社会保障は、高所得者や利益をあげている企業から、低所得者、一般庶民への垂直的再分配を基軸とした所得再配分によって貧困や格差を解決しようとするものです。
 2000年以降、国民生活では貧困と格差が一気に広がりました。その一方で、企業の当期純利益(企業の全収益から人件費や原材料費のコスト、税金を差し引いた最終的な純利益)は、2000年代初頭まで10兆円以下で推移してきましたが、02年度以降は増加し、15年度現在で41・8兆円にのぼっています(金融業、保険業を除く=図2)。そして、利益を労働者に還元することなく、株主への配当金は、97年度の4・2兆円から15年度には22・2兆円に増やしています。
 一方で、2013年からの生活保護基準削減での削減額は670億円。昨年度から2度目の削減で年160億円を削っています。空前の利益をあげている企業に相応の法人税などの負担を求めれば、庶民から増税しなくても社会保障の財源は、十分に賄えるのです。これこそ、最も現実的な社会保障改善への道です。

人権守る世界の流れ 背を向ける日本の異常

 自民党が2012年に発表した憲法改正草案は、公の秩序のためには国民の権利を制限できるというもの。国際社会が追求してきた人権と民主主義を発展させる流れに真っ向から反する内容です。
 そうした改憲草案を持つ自民党がすすめる社会保障の後退に、国連も強い関心を持っています。市民の人権を保障する義務を明記した国際人権規約を日本も批准していますが、日本政府は社会保障だけでなくさまざまな分野で人権の解体をすすめ、実質的に、国際人権規約を無視しているからです。
 国際人権規約(社会権規約)では、社会保障は原則後退禁止です。後退には相応の根拠が必要で、国には説明責任があります。日本政府は、空前の利益をあげる企業、富裕層にきちんと課税すれば社会保障の抑制の必要はないのに、それをせず、国連からの是正要求にも誠実に対応していません。
 日本の社会保障に対して不満を抱いている人は膨大にいます。そうした多くの人たちと手を結び、学び、力をつけて、行動していかなければならないと思います。


安倍政権のもとで検討されている“改悪”メニュー

介護保険
 ● ケアプラン作成費用の有料化
 ● 要介護1、2の生活援助サービスを「総合事業」に移す
 ● 介護保険利用料一部負担(原則1割)の2、3割負担の対象者拡大
医療
 ● 75歳以上の窓口負担(原則1割)を2割へ引き上げ
 ● 薬剤費自己負担の引き上げ
年金
 ● 受給開始年齢の選択肢を70歳超に拡大
子育て
 ● 高所得者への児童手当(子ども1人あたり月5000円)の見直し

(民医連新聞 第1704号 2019年11月18日)

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