民医連新聞

2021年12月7日

人権のアンテナを高く掲げ⑥ 国籍や在留資格にかかわらず すべての人に医療保障を

 無料低額診療事業(以下、無低診)を行う民医連事業所に、困窮する外国人の相談が増えています。一部の医療機関の「使命感」や、支援団体の「必死の努力」でささえてきた外国人医療の現場から、「もう限界」の声が上がり始めています。(丸山いぶき記者)

あまりにひどい外国人医療の現実

 10月初旬、無保険の移民・難民の窮状を訴える記者会見で、千葉県にある東葛病院(東京民医連)のSW・柳田月美さんが、衝撃の事実を報告しました。「2020年度、当院の無低診利用の5割が無保険の難民申請者や仮放免者。減免額全体の76%に上る」
 日本では何らかの事情で在留資格を失った人は、「不法残留者」(約8万2800人)とされ、皆保険制度の対象になりません。生活保護の権利もなく、就労も認められません。医療費は全額自己負担。受診を拒否され、治療が遅れ重篤化し死に至る人もいます。
 唯一、在留資格のない外国人にも対応できるのが無低診ですが、実施する医療機関は全医療機関の0・4%しかありません。
 本来、無低診は健康保険を取得した上で自己負担分に適用し、生活保護などで生活状況が改善するまでに限り実施する一時的な措置です。しかし、支払い困難な外国人の場合は、一部を未収金とするか全額無低診を適用し、結局、医療機関が100%負担するほかありません。難民申請(認定率0・4%)や在留特別許可を求めても見通しは立たず、更新をくり返すことになります。
 高度医療につなぐこともできず、在留資格のない外国人の健康権は著しく侵害されています。

■民医連SWが直面する事例

 EUでは「救急医療は人権」と、移民・難民の未払医療費を補てんする制度の整備がすすんでいます。しかし、日本にはそうした公的支援制度はほとんどありません。無低診にも、一定の税制優遇策のほかに公的な補助はありません。関東の一部に外国人未払医療費補てん事業を行う自治体がありますが、「なかなか使えない制度。当院は1度も使えたことがない」と柳田さん。条件が厳しい上、県をまたぐ利用ができず、予算も限られているからです。
 埼玉協同病院では、同制度を使えたものの、それ以外に600万円の未収金を抱えることになった事例がありました。アフリカ出身の40代の透析患者が同院に救急搬送され、約1年5カ月にわたり透析を実施。支援のすえ在留許可が出て国保加入、障害者手帳を取得し他県で治療を続けています。SWの竹本耕造さんは「無低診適用に、との話もあるが、民間の一医療機関で処理するのではなく、本来は国の責任で保障されるべきと考え未収金のままにしている。生存権が保障される“人間”として制度を整えるべき」と話します。
 愛知県では、十数年日本で暮らすバングラデシュ出身家族の娘について自治体と交渉し、生活保護(医療扶助)を利用できた例もありました。愛知・名南病院のSW・鷲野(わしの)雅子さんは、「女の子のお腹がパンパンに膨れ、緊急手術が必要と診断されたが、仮放免中で…という大変な事例だった。せめて子どもだけでも安心して受診できるようにしてほしい。家族、子ども、医療、住まい、一つひとつの人権が、特に外国人に関してはひどい。いま日本で何が起きているか、深く聞いて学び、知ってほしい」と訴えます。
)入管法により収容されていた人の身柄の拘束を、仮に解く措置。

■2~3倍の請求も

 さらに、国が推進する海外富裕層向けの「医療ツーリズム」を背景に、診療報酬を1点10円ではなく、1点20~30円で請求し、困窮する外国人の受診を事実上拒否する医療機関が増えています。長年、外国人医療問題にとりくんできた沢田貴志さん(医師、神奈川県)は「外国人という参政権がなくモノ言えぬ人のところから、医療をビジネスにする風穴が空いた。これを止めないと10年後、公平な医療はなくなる」と危機感を示します。
 沢田さんは言います。「解決の鍵は外国人コミュニティーや支援団体、貧困問題にとりくむ人たち、そして行政をもつなぐ、広いネットワーク。地域から社会を変える基盤づくりで、民医連の力が発揮されることを期待しています」

 現在、沢田貴志さんや民医連のSW、各地の外国人支援団体、弁護士などが呼びかけ人となり、コロナ禍で苦しむ移民・難民のいのちを守る制度を求めるネット署名にとりくんでいます。呼びかけ人の専門家2人に聞きました。

知らないでは済まされない外国人のいのち脅かす政策

弁護士 中井雅人さん

 30年以上日本で暮らすペルー国籍の日系3世、ブルゴス・フジイさんは、仮放免中の今年6月頃から急激に体調が悪化し、8月にすい臓がんと診断されました。体調を崩すことが増えていたにもかかわらず、健康保険がないため受診できずにいた末の診断でした。
 ブルゴスさんは申請後3週間という異例の早さで在留特別許可を得て、国保加入し治療を受けています。原動力になったのは、今年春に入管法改悪を阻止した市民の声、SNSの盛り上がり、入管への電話・FAX運動、驚くほど寄せられたカンパ。こうした「たまたま」に頼らない制度を整える必要があります。

■入管施設の内でも外でも

 差し当たって仮放免中の外国人が医療を受けられるようにするために、法的には2つの方法が考えられます。ひとつは法務大臣の広範な裁量のもと出される在留特別許可の申請です。疾病療養のための「特定活動(告示外)」の在留資格が得られ、国保加入への道がひらけます。ただ、許可を出す、出さない、そのタイミングも入管次第。弁護士として相談を受けた場合、見通しは「甘くない」と伝えます。今年1月に亡くなった、カメルーン出身の女性レリンディス・マイさんの事例では、亡くなったその日に在留特別許可を出すとの連絡がありました。
 もうひとつは、被収容者処遇規則30条の適用対象の拡大です。同条にもとづき、入管には被収容者に医療を受けさせる義務があります。収容を解かれたにもかかわらず強制的な国外退去(送還)とされず、在留資格もないまま就労も許されない仮放免者は、大きな監獄に入れられているのと同じ。そんな仮放免者にも、入管は収容中同様の義務を負うべきです。
 一方、名古屋入管の施設内で病死した、スリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさんの事例で、入管はその義務を怠り、能力がないばかりか、ゾッとする虐待すら行っていました。

■30年来の日本人の責任

 外国人の医療問題で重要なのは、いま降って湧いた問題ではないということ。国家の方針で30年以上、外国人を受け入れてきた結果であることを、私たち日本人は「知らない」では済まされません。国はこの状況を今後も拡大させようとしています。在留外国人の不安定な地位を抜本的に変える必要があります。

差別・格差の解消世界の潮流を地域から

港町診療所 沢田貴志さん

 日本における在留外国人の健康の問題は3つのフェーズで考えられます。1990年代、受け入れ政策がないなか、発展途上国出身の単純労働者が、下請け、孫請けの中小零細企業、日本人が働きたがらない危険な現場で急増し、彼らの間で結核やエイズ、労働災害が多発しました。
 2000年代には、日系人や、日本人と結婚し日本で働く外国人が増え、技術ある外国人を増やす政策のもと、多文化共生が叫ばれました。外国人医療の状況が改善し、済生会や民医連も積極的に無低診にとりくむようになり、不十分ながらも安定していました。
 ところが、2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災を経て外国人の構成が大きく変わりました。技能実習生と日本語学校生という、不安定で立場の弱い外国人が増え、後の混乱のもとになりました。

■医療現場に成長戦略?

 同時に「医療ツーリズム」を成長産業にしようという動きが、特に2012年に自公政権に変わってから加速。厚生労働省の委託を受けた研修で外国人旅行者には1点20~30円の請求をして構わないとの方針が出され、2018年にはオリンピックを見据え、各自治体に外国人受け入れの拠点病院をつくらせ、公的な医療機関でも無保険の外国人全般の医療費値上げがあい次いで行われました。
 しかし、無保険外国人の大多数はやむにやまれぬ事情で在留資格を失った、困窮する外国人です。全額ないし2~3倍で請求されても払えるはずがありません。値上げにより遠回しに受診を拒む医療機関が増えることで、一部の医療機関に困難事例と財政負担が集中し、制度として破綻しているのをひしひしと感じます。外国人の医療体制が比較的整備されていた神奈川でも支障が出ており、地域によっては外国人の無低診を受け入れる医療機関がなくなってしまってもおかしくない状況です。

■日本は世界の非常識

 医療機関も、支援者も困っています。対立するのではなく、いっしょに状況を変える政策を求める必要があると考え、署名にとりくんでいます。提言のポイントは、困窮している外国人の緊急医療に、きちんと予算をつけることです。
 それが国際的な常識になっているにもかかわらず、日本は「いない人(在留資格のない外国人)の予算はつけられない」と目を背けています。そんな日本はいずれ、国際社会の共通目標SDGs(持続可能な開発目標)のとりくみでも国際的な信用を失います。技能実習生の虐待事件を放置すれば、日本企業は海外でビジネスできなくなります。
 低賃金で働く外国人は、日本中どこにでもいます。外国人の健康問題を地域の課題の一つとして捉えて、とりくみましょう。


民医連も調査し提言

 全日本民医連は11月29日、国籍や在留資格の有無にかかわらず、日本にいるすべての人への医療を国の責任で保障することなどを求め記者会見をしました。民医連の事業所を対象に行った外国人医療費に関するアンケート調査の結果を報告。厚労省と法務省に対し、▽仮放免中も健康保険に加入できる在留資格を出すこと、▽外国人未払医療費補てん事業を、国庫負担で実施すること、▽無料低額診療事業を行う医療機関に医療費の健康保険負担相当分(7割)を補てんする仕組みをつくること、▽難民認定のあり方について全面的に見直すこと、などを要請しました。

(民医連新聞 第1750号 2021年12月6日・20日)

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