民医連新聞

2022年11月8日

“たたかいと対応” 無差別・平等の医師研修を守る

 医学部を卒業後、医師として必要な臨床能力を身につける初期研修制度。民医連では全国に44の基幹型臨床研修病院があり、毎年研修医を受け入れています。後継者育成にも大きな意味を持つ、この臨床研修の募集定員がいま、削減の危機にあります。研修を守り、民医連で医師養成をする意義を取材しました。(稲原真一記者)

 医師研修が必修化されたのは2004年。90年代後半に、重大な医療事故や研修医の過労死が社会問題となって法制化されました()。以降、医師免許を取得しても、初期研修を修了しなければ、単独での保険診療は行えなくなりました。必修化以降、多くの医学生が市中病院の研修を選ぶようになり、民医連も多くの研修医を受け入れます。
 しかし、これに危機感を覚えた大学関係者などの圧力で、研修から中小病院の締め出しがはかられました(解説)。10年には医師の偏在を理由に都道府県ごとの募集定数に上限が設けられ、都市部を中心に定数削減が開始。20年からは、各病院の定数の決定権が都道府県に移管され、自治体ごとに判断基準が変わったことで、対応がより困難になりました。

続く削減、見えない基準

 「いつ定数が減らされてもおかしくない危機感を持っていた」と話すのは、大阪・耳原総合病院(以下、耳原)と県連の研修委員長をつとめる大矢亮さん(医師)。耳原は9年連続フルマッチ(定数上限の入職希望)にもかかわらず、元の9人から13年度に8人、18年度に7人、22年度に6人と定数削減が続き、今年2月に23年度の定数は5人と通知が届きました。同様に同県連の西淀病院(以下、西淀)も、9年連続フルマッチでしたが、22年度と23年度は、2人だった定数が1人との通知が届きました。
 通知を受けて、県連の医師委員長をつとめる西淀の落合甲太さん(医師)は、昨年3月に定数の割り振りを議論している府の医療対策協議会のメンバーと、電話で懇談しました。懇談では「毎年研修を受け入れ、質向上にとりくんでいる病院の枠を減らすのはおかしい。西淀の定数1人は『研修医を一人にしない』という合い言葉にも反する」と訴えました。懇談したメンバーからは、共感する声や府が独自につくった「調査表」での増員希望とアピールが大切との情報があり、県連内でも情報共有して対策を検討。幸い22年度の西淀の定数は、調整を受けて2人に戻りましたが、残念ながら耳原は6人のままとなりました。
 一方の大矢さんは、府の担当者と初めてオンラインで懇談。やりとりの中では、やはり「調査票」が大きな判断材料になっていることと、その記載やとりくみが不十分だったことがわかりました。また府の担当者からは、研修の質をまっとうに評価する姿勢も感じました。県連内で情報共有もあり、「とりくみで変えられると思った」とふり返ります。

質の向上で定数増員へ

 耳原では昨年、23年度の定数復活をめざし、調査票の評価項目を検討。これまで達成できていなかった、外来での研修日数や研修医の学会発表、医師のヒヤリハットの提出など「研修の質の向上にもなると判断して積極的にとりくんだ」と大矢さん。同病院の研修医担当の角野佳奈子さん(事務)は「元奨学生も含め、医師・研修医が協力的だったことも大きかった」と言います。同じく研修担当の田中千春さん(事務)は「研修担当を長く続けていたことで、医局との信頼関係や研修制度への理解があり、事務側の対応もスムーズだった」とふり返ります。
 22年度の定数を戻した西淀でも、医師が中心になって研修の改善や、学会発表などの達成可能な評価項目を精査し、次年度に向けてとりくみました。落合さんは「学会発表などは民医連の苦手分野だったが、とりくみを通じて自分たちの医療を見つめ直す良い機会になった」と評価します。
 結果、耳原の評価項目は9項目(最多病院で10項目)、西淀も8項目と前年から大きく前進。要望が通り、23年度の定数は耳原が5人から7人、西淀が1人から2人へと増員されました。結果を受けて大矢さんは「奨学生の多い年度でもあり、ホッとしたというのが本音」と言います。落合さんも「質向上のとりくみが正しく評価された結果」と受け止めます。

模索しながら前を向き

 これからが正念場の研修病院もあります。兵庫・尼崎医療生協病院は、17年度に定数が5人から4人に削減され、今年4月には23年度の定数が3人と通知が届きました。県からは「初期研修後に県内に残った医師の少ない病院が削減対象」との説明でした。
 「黙っていては減らされるだけだと思った」と話すのは、県連会長で同病院院長の大澤芳清さんです。通知を受けた直後の5月には、県に募集定数を4人に戻すよう要望書を提出。県の医務課にも懇談を申し込みました。
 医務課からは実地見学もしたいと要望があり、懇談は院内で行うことに。大澤さんは、後期研修後に戻ってくる予定の医師もいることや、3年目定着率だけで判断せず、研修の質も見てほしいことなどを伝えました。医務課からは、入院件数が3000件を下回っていることや、決定した定数を変えることは難しいこと、蓄積がないなかで県内定着率を一つの基準にしたことが伝えられました。
 懇談に同席した医師研修担当の池田進一さん(事務)は、「大阪のような明確な基準がなく、県も判断に迷っていると感じた」とふり返ります。担当者は現場を見学したのも初めてと話しており、今年7月にはこれまでなかったアンケートなども実施され、基準が定まっていないことが推測されました。同病院はコロナ禍以前から、病棟の一部を休床。感染拡大後はコロナ病床を増やしており、入院件数の確保は困難な状況です。しかし、大澤さんは「病院全体で意思統一し、できる限り稼働率を上げるとりくみを始めた。研修だけでなく経営改善にもつながる」と前向きに動き始めています。
 来年はJCEP(卒後臨床研修評価機構)の更新もあり、受審に向けてのとりくみが研修の質も高めると考え、準備をすすめています。暗中模索の状況ですが、「県からは入院件数が少なければ、実地調査をすると言われた。質の高い研修をアピールし、定数復活をめざしたい」と決意します。

日本の医療にも大きな意味

 「研修病院を守ることは、まさに“たたかいと対応”の実践」と落合さん。理不尽な定数削減に声を上げてたたかうだけでなく、研修の質を高めていく対応が、これまでも定数を守ってきたと指摘します。大矢さんは「民医連は研修と同時に、労働の質も高める必要がある」と強調します。研修機能と民医連の医療を両立しながら、個人としても充実した人生を送れる病院でなければ、選ばれる病院にはなれないと感じています。
 一方のたたかいでは「自治体から国に声を上げるよう、働きかけることも必要」と大澤さん。医務課との懇談で、国の決めた募集定数が、県の医療政策に合致しているか問いかけ、県からも医師不足解消を要望するよう訴えました。「地域の開業医や他の研修施設とも手を取り合い、声を上げていきたい」と今後を見据えます。
 落合さんは「民医連での医師研修は、後継者育成以上の意味がある」と言います。民医連の現場では、どこの医療機関にも受診できない人と向き合い、医師だけでは解決できない問題を、多職種といっしょに解決する経験ができます。「たとえ3年目に民医連に残らなくても、無差別・平等の医療を肌で感じた医師が、日本の医療にかかわる意味はとても大きい。そうした医師を一人でも多く養成するためにも、定数を守ることは意義がある」と語ります。


定数削減問題をどうとらえるか
全日本民医連 医師研修委員長 大島民旗さん

 そもそも研修が本分の研修医を労働力と考えて、地方へ分配しようとすること自体が間違いです。国は医師の偏在を訴えますが、都市部でも医師数が十分でないことはコロナ禍でも明らかです。医師の働き方改革が過労死基準越えの時間外労働を容認していることは、厚労省が医師不足を認めたようなもの。地方の医師不足解消には、若手が地方で働きたくなるような、支援や環境整備こそが必要です。医療に求められるものが増えている今、現場での努力には限界があります。エッセンシャルワーカー全体の増員がなければ、根本的解決はありません。この問題を運動やSNS、マスコミへのアプローチなどで知らせ、多くの人の不利益になると世論に訴えることが必要です。
 私は民医連の次代を担う医師だけでなく、多くの医師に民医連で研修してほしいと思っています。初期研修の目標には「医師としての人格の涵養(かんよう)」がありますが、医師としてのスタートを切るこの期間に、無差別・平等の医療の実践を経験することは、その後の医師人生に大きな影響を与えます。そうした意味でも、民医連の研修病院の定数を守ることは大きな意義のあるとりくみです。

(民医連新聞 第1771号 2022年11月7日)

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