民医連新聞

2022年12月6日

生活保護は権利 自動車をめぐる各地のたたかいから

 生活保護利用者の自動車の保有・使用は、厚労省通知が示す細かな要件を満たす場合にのみ認められています。そのため、要件を盾に自治体から厳しく指導され、「生活保護か車か」を迫られ、あきらめる人も少なくありません。各地のたたかい、当事者の声、専門家の解説から、「権利としての生活保護」について考えます。(丸山いぶき記者)

和歌山発 障害のある50代男性 支援課職員7人に取り囲まれ

 Aさんは、足に障害がある50代の男性です。昨年、和歌山生協病院に入院し働けなくなり、障害年金だけでは生活が立ち行かず、生活保護を申請。車を保有していましたが、コロナ禍の特例で保護開始となりました。ところが、次第に和歌山市の生活支援課職員から「運転するな」と指導されるように。SWが近畿生活保護支援法律家ネットワークに相談しても、「保有が認められたのに“運転するな”はおかしい」と言われました。
 そんななか今年4月、Aさんは突如、市役所に呼び出されました。話を終え、所用を済ませて車に戻ると、「早く来て!」と女性が誰かを呼ぶ声が。あっという間に支援課職員7人に取り囲まれ、「乗ってるやないか」「走行距離を見せろ」と責め立てられました。尾行されていたのです。

■到底、納得できない

 後に、Aさんは車の保有を認められたわけではなく、処分を保留されていたと判明。公共交通機関やタクシーでの移動も試みましたが、移動の自由は大幅に制限され、無理をして障害が悪化。整形外科や新たに精神科の通院も増えました。通院のタクシー代は月額2万5000円超。諸費用を含めても、自ら軽自動車を運転する方が安あがりですが、市は今も「保護廃止も辞さない」と、Aさんに車の処分を迫っています。さらに、本来認められるべき求職活動での車の使用も認めません。
 Aさんは「到底納得できない。今後を考えると怖いし、何度も自分がわがままなのかと自問した。でも、障害者の自分は車なしに生活できない。泣く泣く車を取り上げられた、多くの人たちのためにも、たたかいたい」と話します。

■「人権の問題」に反響

 Aさんの支援に当たるのは、和歌山生協病院の長谷英史さん(SW)。これまで、生活保護利用者の通院移送費いっせい申請なども支援してきましたが、「車の保有は、市や県に交渉しても『国が言っているから』とらちが明かず、どうにもならないのかとあきらめかけていた」と言います。
 しかし長谷さんは、ある患者の支援を通じて「人権の問題として、生活保護利用者の車の使用は認められるべき」と考えるように。その思いをつづった本紙10月17日付「相談室日誌」で情報提供を呼びかけると、さっそく、埼玉と三重から反響がありました。

埼玉発 DV被害の20代妊婦 保健師から「車があると生活保護は難しい」

 Bさんは年末に出産を控えた20代の未婚女性。埼玉に住む母を頼って県外から車でやってきました。自治体の保健センターとつながり、保健師に紹介されて埼玉協同病院を受診。所持金はわずかで実家も経済的に余裕がなく、生活保護申請を打診しましたが、その保健師からは「車があると生活保護は難しい」と言われました。
 先行きが見通せないなか、母以外の親族から家庭内暴力(DV)を受け、同院に救急搬送。幸い胎児は無事でしたが、Bさんの母はDVシェルターに避難することに。ところが、住民票のないBさんは同行できず、家財道具を車に乗せて家を出たものの、居場所もお金もありません。切迫早産の症状もみられ、同院の働きかけもあってなんとか生活保護を申請し入院。保護は開始されましたが、現在、車の処分を迫られています。

■自立を妨げる

 Bさんは、「子どもにとって育つ環境が大事なことは、身をもって知っているから、いまは生活保護で生活を安定させて、無事に出産したい」と言います。たくましい母親の顔を見せながら、一方で「車がないと……不便ですよね」と、頼れる人のいない出産後の生活に不安をのぞかせます。
 Bさんの情報を寄せたのは、同院産婦人科医師の芳賀厚子さん。「覚悟を決めて母親になろうという人を、国はなんで前向きにささえようとしないのか」と憤ります。2年目助産師の村田佐恵さんは「個別の事情を見て柔軟に判断してほしい」と話します。SWの小金澤由佳さんは「自立を助けるという、本来の目的に反する運用がなされている」と指摘します。

三重発 「移動の自由」をかけ 障害のある親子がたたかう裁判

 三重県鈴鹿市では、3年前に生活保護の開始決定を受けて、車の保有を認められた障害のある親子が、市から運転記録票の提出を強要され、これを拒否して保護停止処分を受けました。現在、80代の母親(原告)が、プライバシーと移動の自由の侵害だとして、市に処分の取り消しと損害賠償を求め、裁判でたたかっています。
 津地方裁判所は10月20日、原告が同時に求めていた停止処分の執行停止を認容。12月15日には、取消訴訟の第1回口頭弁論期日が予定されています(全日本民医連は、同裁判を「支える会(仮)」に賛同しています)。

権利の実現を

 長谷さんの問題意識は、和歌山民医連が事務局をつとめる市社保協の運動課題となり、9月には「生活保護利用者の車の日常使用を求める会」が結成されました。
 「道生連から招いた講師から、自治体には裁量権があるし、事案ごとに車がダメな理由を確認すべきだと学び(トピック参照)、市に確認してAさんは処分の保留だったとわかった」と長谷さん。三重の裁判を「支える会(仮)」とも連絡をとりあっています。
 医療現場での気づきから全国のたたかいとつながり、権利としての生活保護を守る連帯が、ひろがっています。

トピック 札幌市の柔軟な対応を厚生省が撤回させた!?

 北海道札幌市は今年1月、「北海道生活と健康を守る会(道生連)」の求めに答え、「自動車の保有を認められた場合は(中略)日常生活で利用することは、被保護者の自立助長、保有する資産の活用の観点から認められる」と、画期的な見解を示しました。
 しかし、同市は5月になってこれを撤回しました。それに先立って厚労省社会・援護局保護課から全国へ、注意喚起の事務連絡が。名指しを避けながらも、札幌市の回答を問題視する内容でした。

当事者とともに生活保障へ

生活保護問題対策全国会議 事務局長小久保哲郎さん(弁護士)に聞く

 ――Aさん、Bさんは車をあきらめるしかないのでしょうか?
 要件を満たすのに、自治体の誤った判断で、車の保有が認められていないケースも多くあります。Aさんは保有を認められるべきですし、Bさんも就労を中断している場合として、処分が保留される可能性があります(※)。
 コロナ禍で電話相談を受けていると、生活保護への忌避感情は、いまや異常なまでに高まっていると感じます。「生活保護だけは受けたくない」「生活保護に陥らず踏みとどまっていることが誇り」と。2012年に自公政権が復帰して以降、10年間で次々に生活保護を「改悪」し、政策的に生活保護バッシングが行われてきたも同然だから。コロナ禍で困窮者が増え、厚労省もようやく、「生活保護の申請は国民の権利」と利用を呼びかけ始めましたが、もはや忌避感は容易に払拭できません。
 ――そんな社会を変えるには?
 和歌山のSWの長谷さんの奮闘は、まさに理想的。当事者に寄り添う専門職が正しい知識を学び、身につけてともにたたかう。個別事例の支援と同時に、それがソーシャルアクションにもなります。地元の弁護士と連携して、各地でたたかいをすすめましょう。
 日弁連は、権利性を明確にする「生活保障法」への改正を提案しています。生活保護との「逆転現象」を解消するために、一歩手前の生活困窮層に対する積極的支援も求められます。現在、5年に一度の生活保護基準の見直しに向け議論がすすみ、居住地での生活費の違いから基準額に差をつける地域区分「級地」を減らす検討もされており、特に都市部の基準引き下げが懸念されています。
 他方、全国29都道府県で1000人超がたたかう「いのちのとりで裁判」は、大阪、熊本、東京につづき、横浜でも勝訴しました。あらためて、各地の裁判支援をお願いします。

※生活保護問題対策全国会議発行の「厚労省通知徹底活用 自動車を持ちながら生活保護を利用するために! Q&A」では要件を詳しく解説。相談先一覧も掲載。

(民医連新聞 第1773号 2022年12月5日・19日合併号)

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