主権者の行動が憲法にいのちを吹き込む 2025年 新春対談 弁護士 太田啓子さん × 全日本民医連会長 増田剛さん
昨年は、日本初の女性弁護士(後に判事)となった三淵嘉子(みぶちよしこ)さんがモデルのNHK連続テレビ小説『虎に翼』がヒットし、憲法を中心に据えた脚本が話題に。今年の新春対談では、このドラマを入り口に、一人ひとりを大切にする政治と社会の実現を展望して、増田剛会長と、弁護士の太田啓子さんが話し合いました。(多田重正記者)
「虎に翼」の同時代性
太田 今日は『虎に翼』の話ができると聞いて、ウキウキしながらやってきましたよ。
増田 いきなり主人公の猪爪(佐田)寅子(ともこ)(伊藤沙莉(さいり))が憲法14条(法の下の平等)を読むシーンから始まって圧巻でした。
太田 すごかったですよね。
増田 民医連はもともと9条、25条の重要性を主張してきましたが、13条(個人の尊重)、14条(法の下の平等)、24条(家族生活における個人の尊厳と両性の平等)などは、ここ10年ぐらいの間に理解を深めてきた経緯があります。
私たちは、戦争法(2015年成立)廃止運動で憲法全体を学ぶとりくみをすすめました。いま6つの同性婚裁判が進行中ですが、昨年は「同性婚を認めないのは違憲」とする判決が高裁で3つ続きました。7月は、旧優生保護法下で強制不妊手術を受けた被害者らが最高裁で勝訴し、判決は手術を憲法13条、14条違反としました。民医連も強制不妊手術の問題になぜ気付かなかったのか見つめなおし、見解をまとめて反省し、裁判を支援しました。そこに『虎に翼』が放映された。自分たちが学び、大事だと思った核心がドラマでも示された思いがしました。
太田 よくわかります。憲法13条、14条が目的で、9条、25条はその手段。ドラマでは13条と14条を合わせて読み上げた場面もありました。13条も含めて理解した方が14条の意味がわかります。
昨年5月、共同親権を導入する民法の一部改正が強行されました。この改正により、離婚後の両親の協議でどちらが親権を持つか決められない場合、家庭裁判所が共同親権とすることも決められる制度となります。しかし離婚には、DVから逃れてのものもあり、これが実行されれば、たとえば医療現場では「片方の親が嫌がらせでサインしないため子どもの検査ができない」ということが起こりえます。離婚してもDVが終わらない事態が、共同親権を背景に起こることを強く懸念します。
私は、弁護士仲間や当事者の人たちと、拙速な共同親権導入に反対するとりくみをしましたが、国会審議でもドラマでも憲法24条や親権に焦点があたり、「なんだ、この同時代性は」と驚きました。
問われる「男らしさ」
増田 『虎に翼』は、生活や社会のなかに根付くジェンダー差別を描きました。虚勢を張ったり、女性を見下したり、家事、育児を押し付けるなどの「有害な男らしさ」にも切り込みましたね。
太田 優等生でイケメンの「モテ男」花岡悟(岩田剛典(たかのり))が「ちやほやされて浮かれていた」「仲間になめられたくなくて、わざと女性をぞんざいに扱っていた」などと打ち明け、大庭(おおば)梅子(平岩紙(かみ)、明律大学の同級生)に謝罪したシーンもありました。
増田 男たちが、まるで日本国憲法の精神にめざめていくようなストーリーでしたね。
太田 私は社会の「いい男」のイメージに問題があると思います。ドラマでも梅子の夫について男子学生が「仕事もできて、女の人にもモテてうらやましい」と話す場面がある。ギラギラして、女性を尊重しないような人が「男らしく」、そういう男性に「選ばれる」のが「女性の幸せ」という意識は今でもあるんじゃないか。本当は対等な関係性を築ける人であるかどうかが重要なんですよね。
増田 寅子の夫になる佐田優三(仲野太賀(たいが))は、対等な関係性を築けるタイプでしたね。
太田 そうそう。優三のすごいところは、自分より後から大学に入り、司法試験に受かった寅子のことをねたまないし、卑下もしないこと。私は、交際相手の女性が先に司法試験に受かったことを理由に別れたと、当然のように語る男性の言葉を聞いて、びっくりしたことがあります。優三にはそういうところが全くありません。
優三は謙虚で、緊張するとおなかが痛くなる繊細なところがあるなど、いわゆる「男らしさ」は感じない。今の社会では男性のなかで目立ったり、うらやましがられるタイプではないのでは。でも、父の逮捕で動揺する寅子を的確にささえていましたし、弁護士として歩みはじめた寅子の悩みを受け止めて「せめて僕の前では、肩の荷をおろしてさ」と話すなど、ケア力が高い男性でしたよね。
エンターテインメント作品で、優三のようなケア力の高い男性がいいパートナーとして描かれたことはとても重要だと思います。
増田 私も共働きの両親のもとで育ち、パートナーは対等だと思ってきました。しかし実際に自身の子育てや結婚生活をふり返ると、自分がいかにケアレスな姿勢だったかということがたくさんあった。妻には本当に申し訳ないことをしたと反省しています。ドラマを観て、自ら学び、価値観が変わってきた姿が重なるようでした。
ケアに光をあてて
増田 寅子の弟の直明(三山凌輝(りょうき))が、猪爪家の家族会議で、父も兄も亡くなったことを理由に大学進学をあきらめ「この家の大黒柱になる」と言った時、「ならなくていい。男も女も平等なの」と寅子が話すシーンも。
太田 花江(森田望智(みさと)、戦死した兄の妻)が「家族みんなが柱になれば」と言った場面ですね。
増田 ジェンダーの固定概念を突き崩すようなやりとりでした。
太田 社会で活躍する人たちの背後には、ケアする人たちがいる。そのケアにも光があたっていました。花江もその一人。家事、育児でゆとりがなくなった花江が、梅子に「いい母にならなくていい。自分が幸せじゃなきゃ、誰も幸せにできない」と言われて涙ぐんだり、子どもたちに「手抜きさせて」と話す場面もあり、演出も巧みでした。
増田 コロナ禍では、ケアが女性に偏るなど、女性の人権が守られない実態が浮き彫りになりました。ケア労働という視点から見れば、全国の医療・介護従事者が、当初はマスクも不足するなか、患者・利用者のいのちを救うため、自らのいのちの危険を感じながら現場に入ることを強いられた。「この国はケアを軽視している」と痛感しました。
『虎に翼』はそのケアについても描いた。ケアの視点で政治も社会も見つめなおしていかなければ、と決意を新たにしました。
民主主義への攻撃
増田 ところで、どうでしょう。憲法13条、14条が示す、一人ひとりの人権を守る方向へ、日本社会は変わっていくでしょうか。
太田 そうしなければいけないですよね。『虎に翼』のヒット自体がひとつの希望だと感じます。ドラマ終了の翌日に行った「憲法カフェ」(※)でもこのドラマがきっかけで「憲法の話が通りやすくなった」という声を聞きました。私の本『これからの男の子たちへ』も売れていますし(笑)、講演依頼もたくさん来ています。
同時に、強い危機感を感じる要素もありますね。兵庫県知事選(昨年11月)では、根拠のないデマが多くの人の心を一瞬で捉えて投票結果にまで影響し、暗たんたる気持ちになりました。
増田 「YouTubeに出ている人は顔を出しているから信用できる。テレビや新聞は嘘をついている」という主張がひろがりました。
太田 若年層の女性を支援する団体Colaboは2年以上「東京都から若年女性支援事業の委託を受けているのに、不正会計を行っている」などとデマ攻撃を受けています。この攻撃には情報公開請求などが悪用されています。
民主主義を担保する制度を悪意を持って濫用(らんよう)した差別的な言動、民主主義を破壊するような言説が、ネットを通じて大量に拡散しています。このような行動がひろがる背景には、今の社会における不安、不全感があると思います。本当は、生活不安や将来不安を感じる人たちを守るためにあるのが民主主義の制度です。その制度を壊すような攻撃に加担するのは、矛盾しています。
増田 情報に対するリテラシーを自公政権が壊してきた側面もありますね。情報を隠したり、正面から答えない政府答弁をする国ですから。わかりやすく伝えていく努力が私たちにも求められますね。
太田 ズバッとわりきれる言説が支持されるのは、葛藤が少ないし、楽だからだと思います。谷川俊太郎さんの遺した「生きる」という詩に「かくされた悪を注意深くこばむこと」という言葉があったのを思い出します。
社会構造の転換を
増田 日本政府は昨年10月、国連の女性差別撤廃委員会の総括所見で、選択的夫婦別姓を導入していないこと、賃金のジェンダー格差、政治分野における女性議員の割合の低さなどの課題を指摘されました。ジェンダーギャップの是正もすすめたいですね。
太田 「男は仕事、女は低賃金雇用と家事と育児と介護」みたいな社会構造を変えないとだめですよね。性別に関係なく、誰もが家庭内のケア労働をしながら、働いていけるようにしなければ。「官製ワーキングプア」という言葉があるように、官公庁まで女性を非正規雇用で搾取している。大問題です。
昨年、都知事選に出た蓮舫さんが、スクールカウンセラーの待遇改善を掲げましたが、ケアを軽視する政治の改善が必要です。デフォルトになっている男性の働き方と意識も次世代で変えなければ。
「あげた声は消えない」
増田 今年は戦後80年。憲法の理念を生かして、一人ひとりの尊厳が守られるような社会にしていくことが大事ですね。
太田 『虎に翼』からは、憲法は存在するだけで理念が実現するわけではないというメッセージを感じました。主権者の私たちが行動することで、初めていのちが吹き込まれる。寅子も言っていましたよ。「あげた声は消えない」って。
増田 いい言葉ですね。私たちも、ノーベル平和賞を受賞した日本原水爆被害者団体協議会をはじめとした当事者のたたかいに学び、知恵もしぼりながら、声をあげ続けたいと思います。ありがとうございました。
※太田さんが2013年から「喫茶店でケーキでも食べながら、憲法を多くの人に知ってもらおう」と始めたとりくみ。いまでは「明日の自由を守る若手弁護士の会」の活動に。
おおた・けいこ
弁護士。神奈川弁護士会所属。「有害な男らしさ」やジェンダーなどについて、わかりやすく書いた著書『これからの男の子たちへ』(大月書店、本体1600円+税)が好評。
(民医連新聞 第1820号 2025年1月6日号)
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