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民医連新聞

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診察室から わが子から見る「共生社会」の現実

 ある日、壮年の男性が老年の母に連れられて、背部の粉(ふん)瘤(りゅう)の診察に来ました。患者はいすから立つ時に母の手を借りる必要があるものの、いったん立つと両手を母に引かれて小刻みに歩きました。発達障害があるように見えました。
 わが子は知的発達障害があり、2歳になっても歩けない時期だったので、将来も歩けない、歩けてもこの患者と同じようにちゃんと歩けないかもしれない、と心配しました。わが子は1歳から療育施設を利用しています。小児科にも通院し、理学療法・言語療法を行いました。これらの対策が功を奏し、3歳で歩行できるようになりました。請求書を見ると驚くほどの高額ですが、実際に支払うのは小額でした。療育施設の設置や、金銭的補助を行う国の施策は割としっかりしていると思います。
 しかし、小学校入学前に並行通園していた保育園では、他の園児がわが子にどう接するべきかという方針がなく、明らかにわが子は孤立していました。卒園式で、他の園児が誰一人としてわが子に話しかけなかったのは、トラウマになりました。
 近年、相模原障害者施設殺傷事件があったり、SNSなどで障害者に対する殺傷事件を肯定するような投稿が見られます。分離教育で、健常児の視野のなかに障害児がいないことが、障害者差別につながるという意見もあります。インクルーシブ教育(あらゆる違いを越え、すべての子どもが同じ場で学び、ともに育つ教育)を文科省は推進していますが、実際に保育園では考慮されませんでしたし、小学生になってからは健常児と接する機会はほぼありません。
 それどころか、弘前市の養護学校は、街中からバスで30分離れた山中にあり、付近には病院もありません。障害児を隔離したいのかと勘ぐってしまいます。
 障害児が特別ではない、優しい共生社会が、国から提言され、行動計画も出されています。そのような社会が実現されることを、みなのため、かわいいわが子のため、切に願って止みません。
(笹田大敬、青森・健生病院)

(民医連新聞 第1831号 2025年6月16日号)

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