診察室から ゆっくりでいいんですよ~高齢者の笑顔のために~
歯科診療所勤務をして十数年。外来には、様ざまな年代の患者がいますが、近年特に増えているのが、高齢者や認知症の患者です。
「今日はどこが痛いですか?」と尋ねても、すぐに言葉が出てこない。治療の説明を何度かくり返しても、不安な表情。そんな時、私は心の中でそっと呟きます。「ゆっくりでいいんですよ」と。高齢になると、口の機能は少しずつ衰え、飲み込む力が弱くなり、唾液が出にくくなります。認知症がすすむと、歯磨きが難しくなり、治療への抵抗が強くなることも少なくありません。
でも、どんな状況でも、患者の笑顔を見たい。それが、私たち歯科医療に携わる者の共通の願いです。
外来での心がけは、まず「安心感」を提供すること。急かさず、ゆっくりと話しかけ、目を見て、丁寧(ていねい)に説明します。できるだけ痛みに配慮するのも大切です。時には昔話を聞き、趣味について話すことで、緊張が和らぐこともあります。家族や介護者との連携も欠かせません。患者の状態の変化などを共有することで、より適切なサポートが可能になります。家族や介護者の生の声は、私たちにとって貴重な情報源です。
外来の短い時間の中で、患者一人ひとりのペースに合わせ、できる限りの治療、口腔ケアを提供したいと思っています。歯のクリーニングだけでも、表情が明るくなる患者がたくさんいます。「ありがとう」という一言が、私たちのなによりの励みです。
もちろん、外来だけで全てができるわけではありません。訪問歯科診療という選択肢もあります。自宅や施設で、できる範囲の治療や口腔ケアを行うことで、食べる喜びをささえられればと思っています。患者がいつまでも自分の歯でおいしく食事をし、笑顔で過ごせるように、私たちはこれからも寄り添い、温かい医療を提供していきたいと思っています。
「ゆっくりでいいんですよ」。高齢者や認知症をお持ちの人へ、心からの思いを込めて。
(松ケ下雅弘、山口・生協下関歯科)
(民医連新聞 第1835号 2025年8月18日号)
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