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民医連新聞

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診察室から ちょっとの迷惑、大きな励まし

 忘れられない夜の話です。なかなか寝付けず、ぐずる娘を寝かしつけていると、傍らの携帯電話が鳴りました。
 一人の患者が施設で亡くなったという往診依頼でした。その日は私が在宅待機の当番でした。
 患者はがんの終末期、施設で穏やかに最期の時を過ごし、翌日に訪問診療の予定でした。院長が主治医の患者でした。
 産休育休が終わってから、月の三分の一の在宅待機を担当していましたが、明け方の電話がほとんどでした。
 初めての葛藤でした。2歳の娘は、ひと月前から寝るのもお風呂も母でなくてはだめというようになっていました。「母ちゃん今からお仕事行ってくる」。娘は泣き叫びます。数分考え、意を決して院長に電話をしました。患者が亡くなった事実を伝えただけで、理由をなにも聞かずに「僕行くよ」と院長は言いました。
 驚きと感謝の気持ちでいっぱいで、ふと娘の顔を見るとにっこり笑い安心して眠っていきました。
 翌日院長は「実は僕もまどろんでいたところだったんだ」と笑い、「昨日はまず、うれしかった。僕も子育てに参加させてもらえたと思えた」と、言ってくれました。泣きわめく娘をおいて行くことも必要だと覚悟して仕事をしていますが、それでも相談しようと思ったのは普段から相談しやすい関係だったからだと思います。今回の経験がもし違う結果で、「こういうことがあったら待機はもてない」となってしまうと他の先生たちの待機が増え、私のやりがいもきっと小さくなってしまいます。
 子育て以外にも、家族の事情や、自分の体調、大切にしていることは人それぞれです。子育てはわかりやすい人生の課題だからこそ、子育て中の私が優先されるのではなく、普段から声をかけあい、ちょっとの迷惑をかけあえる職場でありたいと思いました。
 職場だけではなく、家族も地域も世界もそんなふうになっていったらいいなと診察室から思いました。

(五十嵐衣つ華、北海道・オホーツク勤医協北見病院)

(民医連新聞 第1839号 2025年10月20日号)

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