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民医連新聞

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東京電力・福島第一原発事故から15年 築きあげてきたふるさとを返せ 福島・津島訴訟の原告を訪ねて

 東京電力・福島第一原子力発電所の事故から15年。広大な面積が「帰還困難区域」に指定され、現在も約2万3000人以上が避難生活を続けています。そのひとつ、浪江町津島地区で「ふるさとを返せ津島原発訴訟原告団」団長の今野秀則さんを訪ねました。(髙瀬佐之記者)

 「俺、ここで死ぬのかな」
 2011年3月11日に起きた原発事故後の初夏。今野さんは、津島地区の道路でおののきました。車内に突然鳴り響いた、線量計のけたたましい警告音。30マイクロシーベルトを超えた合図でした。目に見えない放射能に、孤独と恐怖が重なった瞬間でした。

帰宅困難区域と残された石垣

 浪江町の面積の8割は帰還困難区域であり、そのほとんどが津島地区です。復興拠点へ車を走らせると、帰還困難区域に入れぬよう、脇道にバリケードが立ちはだかります。
 「家、土地、山、田んぼ。歴史や文化、地域のつながりも…。すべてが故郷で、そのすべてが奪われた」今野さんの言葉は、建物の消えた空き地に、重く刺さります。
 かつての中心街、診療所や商店、住宅が並んでいた場所は、除染のために建物が軒並み解体され、今は不自然なほど見晴らしの良い道に。「ここに家があった、あそこにも」。住民たちが何代もかけて築いてきた生活は、今や石垣だけがその形を留めています。冷たく積みあがった石垣は、まるで行き場のない怒りを訴えかけているような、静けさを持ちます。

国の勝手な都合に怒り

 津島の歴史は、困難に立ちむかう「開拓」の歴史でもありました。
 戦後、満蒙開拓から帰国した人びとが、国の開拓政策によって約400世帯が津島へ入植。重機もない時代に、自らの手で木を切り倒し、原野を農地や宅地へと変えてきました。「苦労して築きあげた故郷。原発事故が起きて、再び国によって追い出された」。開拓者の名前が刻まれた開拓記念碑を前に、今野さんの声が一段と強まります。戦後の食糧難を救うために開拓を促し、原発事故でその土地を汚し、住民を放り出す。国の勝手な都合に、津島の人びとの誇りある人生が二度も踏みにじられたのです。

実家が「冷たい床」に変わる

 今野さんの自宅があった「松本屋旅館」。明治後半に建てられた、100年以上の歴史をもつ立派な家屋。室内は今も今野さんの手で管理され、先代の遺影写真が居間を見つめます。
 壁に掛けられた一枚の写真には、20人を超える親族が笑顔で写っています。「これが妹で、こっちが甥っ子や姪っ子。もう成人していますがね。毎年、正月もお盆も、みんなこの家に集まっていた。妹たちにとっても、ここは大切な実家だった。事故が起きてから、以前のように集まれていない」と今野さんは言葉を続けます。
 冷たく光る床を見つめる今野さん。かつて家族の笑顔と子どもたちの足音が聞こえていた居間。そこには、15年がたったからと癒えることのない、深い喪失感がありました。

まだ除染は1・6%

 国は「除染したので帰れる」と言いますが、津島で避難指示が解除されたのは、全体のわずか1・6%。残りの98%は、今も許可証がなければ入れません。今野さんは、「たった1・6%が規制解除されただけで、どうやって生活を再建しろというのか。コミュニティーがなくなった場所で、管理だけを住民に強いるのか」と指摘します。
 事故による困難を地域に押し付け、切り捨てていく。国民のいのちとくらしを守るという意志が感じられない政治の冷徹さを目のあたりにします。

「忘れない」という支援

 「都会の人からしたら、ここはただの田舎ですよね。でも、私たちにとってはかけがえのない、たった一つの故郷です」
 事故後、住民の居ない多くの家には泥棒が入り、金目のものが盗まれました。住人が守り抜こうとした家は森に飲み込まれ、怒りの静けさを放ちます。「忘れないでほしい。こういう場所が、今も存在することを」、今野さんは私たち全国の民医連職員にむけ、訴えます。
 今野さんらは、住民約700人で原告団をつくり、「ふるさとを返せ」と国と東電を相手にたたかい続けています。
 「原発推進を思うのも個人の自由。でもその前にこの津島を見て知ってほしい」と今野さん。被害現場を知り、考え、そして行動すること。署名一筆、集会への参加、あるいはこの現状を誰かに伝えること。その一つひとつが、今もたたかいを続ける人びとをささえる力になります。
 15年という月日に風化させない。いのち・くらしを守る私たちの役割と価値が試されます。


【津島訴訟とは】
 福島県浪江町の津島地区の住民が、原発事故による放射能汚染で帰還困難区域となったことで、国と東京電力に対して原状回復と損害賠償を求める集団訴訟です。


 原発に依存しない社会実現のために私たちが考えることを原子力資料情報室の共同代表兼事務局長の松久保肇さんの報告です。

世界に逆行 日本の原発依存
再生可能エネルギー100%は可能

 政府はエネルギー基本計画で、原子力を必要な規模で持続活用することを決めました。

廃炉措置完了に数百年

 現在、東京電力福島第一原発事故の廃止措置中ですが、2号機から0・9グラムの燃料デブリを試験的に取り出した程度です。デブリとは核燃料が溶け、様ざまな構造物と混じり冷え固まったもの。デブリの量は約880トンあります。2051年廃炉完了のためには1日平均170キログラム以上の回収が必要です。建屋の解体も含めるともっと早い段階で回収完了が求められるので、2051年の廃炉は不可能です。また廃炉で生じる放射性廃棄物780万トンの処分費用は標準単価で考えると22兆3000億円。現在の廃炉見積もり8兆円では足りません。
 廃炉措置は100年から数百年におよぶ事業です。なお福島第一原発の周辺には福島県の除染で発生した放射性物質を集積する中間貯蔵施設があります。この除去土壌再利用として1400万立方メートルの4分の3にあたる量を公共事業などで利用する計画です。

供給不安定なウラン燃料

 気候変動を止めるには急速かつ大幅な温室効果ガス削減が必要です。しかし原発は建設に20年もかかり、時間軸が合いません。二酸化炭素の排出量も推計方法でばらつきがあります。一方、太陽光は1年程度で稼働できます。日本では欧米に比べ、原発の発電コストが安く抑えられ、逆に太陽光や風力は高くなっています。建設コストも欧米では、1基2兆円を超えるものの、日本では7200億円におさえられています(図)。
 1980~2025年までに世界中の原子力施設への攻撃は12回行われています。日本には原発以外にもウラン濃縮施設、再処理工場もあります。いったいどうやって日本を防衛するのか疑問です。また電力需要の想定も決して急増するものではありません。
 原発で使うウラン燃料の算出量は、カザフスタンが41%をしめます。ロシアのウクライナ侵略で輸出が困難になっています。供給が不安定な状態です。

省エネと蓄電池活用

 世界がめざす電力構成は、2040年、脱炭素火力2%、原子力10%、残りは再生可能エネルギー。日本は35基の原発に匹敵する20%の原子力、40%の火力、再生可能エネルギーは40%にとどまっています。
 2035年、または2050年までに100%の再生可能エネルギー供給は可能です。カギとなるのは省エネです。また蓄電池を活用することも重要です。
 原発は他の電力と比較し、高く、攻撃のリスクも高い。再生可能エネルギーの普及が今求められています。


県民投票実施で住民の意思しめそう
新潟・柏崎刈羽原発

 新潟県には世界最大級の出力を持つ柏崎刈羽原発があります。地元自治体の首長は再稼働に賛成していますが、花角県知事は「3つの検証の総括を踏まえて判断する」「県民に信を問う」と公約しながら、判断時期を示さず議論は長期化してきました。さらに2021年には同原発でテロ対策の不備があいついで発覚。原子力規制委員会が事実上の運転禁止処分を下したことで、県民の不信感はいっそう強まりました。

短期間で署名集める

 一方、国は岸田政権下で原子力政策を転換し、2023年のGX基本方針で再稼働推進や運転期間延長、次世代炉開発など「最大限活用」へと舵を切り、国や政財界からの原発再稼働の圧力が強まってきました。こうしたなか、新潟県内の様ざまな団体が議論を重ね、「原発再稼働の是非を自分たちで決めたい」と一致。県民投票条例の制定を求める直接請求署名運動にとりくみ、2024年10~12月の2カ月で14万3196筆を集めました。
 新潟民医連も「原発をなくす新潟県連絡会」に結集して活動し、署名運動に積極的にとりくみました。学習動画や署名マニュアルを作成し、職場会議や学習会を通じて受任者をひろく募り、400人以上が登録。患者・利用者、業者、地域住民への働きかけや健康まつりでの訴えなど、健康友の会と連携した活動もすすみました。薬局の音楽会で演奏者が署名簿5冊を集めるなど、共感の輪もひろがりました。民医連としての署名数は2092筆でしたが、短期間で多くの職員が直接請求署名に参加した意義はおおきいものです。
 県議会は条例案を否決しましたが、14万筆を超える県民の思いは消えません。知事が再稼働容認をしめす直前の昨年11月25日には、県内外から1200人が集まり、県庁・県議会を包囲する「人間の鎖」を成功させました。

5月に県知事選挙

 残念ながら柏崎刈羽原発は1月21日に再稼働しました。しかし翌日、制御棒のトラブルがあり、1日余りで原子炉を停止する事態になりました。
 今年5月、新潟県知事選挙があります。「県民投票を実施する県知事」を誕生させることが大切になってきます。もちろんそれをささえる県議会の構成も大事です。全国の皆さんと連携しながらがんばっていきたいと考えています。(新潟民医連 小網孝志、事務)

(民医連新聞 第1846号 2026年2月16日号)