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民医連新聞

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診察室から 外来で感じる地元の懐かしさ

 私は現病院のある倉敷出身で、大学6年間以外は県内で生活しています。多くの人がそうであるように幼少期は完全な地元枠内の生活で、自然に無意識に「方言」を話していました。中高校生になると思春期の気恥ずかしさ、相対的な自身の立場や上下関係を考慮するようになり、敬語・標準語が増え、さらに大学では完全標準語話者と化していました。慣れない生活や他県での孤独感などから、慣れた地元の文化や言葉を見直し懐古するようになりました。地元のネタを聞くとうれしくなり、県人会を楽しみ、実家に帰るといろいろ安堵したものです。
 研修医となり地元に戻りましたが、基本的に職場では敬語です。時に患者とは話すことがありましたが最低限で、「軽めの方言」だったと思います。数年して外来担当になり、会話の自由度があがり、さまざまな方言に触れる機会が増えました。患者と仲がよくなればお互いに自然と出てくるものです。「昔自分も話していたな、祖母がいつも言っていたな」、などと非常に懐かしく感じました。ただ大人になって俯瞰的に客観的に物事を見るようになり、自分の言葉にどこかわざとらしさを感じ、コミュニケーションのためにあえてそうしているなと感じることが多くなりました。当然ではありますが昔の感覚にはもう戻れないのだと寂しく思っていました。
 20年近くたち、すっかり県人化し、家庭を持ち、子も成長し、自分が感じた幼少期の懐かしい思いを感じられるように、積極的に方言を話し伝えるようになってきました。患者との会話も割と自然にでるようになりましたが、それでも外来診察室という場ではあの「濃厚な方言」にはなかなか出会えず、発する機会もありません。そんなある時、年配の男性患者から「今日の検査ぼっけえきょうてかったわ。ちばけとんかおもうたわ」と笑いながら懐かしい一言。自分も子どもたちの心に刺さるような濃厚な岡山弁を繰り出せるよう会話を楽しむ今日このごろです。

(大橋英智、岡山・みずしま協同クリニック)

(民医連新聞 第1853号 2026年6月1日号)

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