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民医連新聞

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診察室から 真の総合診療に未知の可能性を感じる

 2026年4月、私の医師人生は鮮やかな転機を迎えた。28年のキャリアのうち、23年間を捧げたくわみず病院では、総合内科・総合診療、そして循環器のサブスペシャルを持つ医師として、確固たる自負を抱いて職務に邁進してきた。毎朝の医局カンファレンスで病歴を紐解き、緻密な診断と治療方針を組み立てる―それこそが、私の信じる「総合診療」の最適解だった。
 しかし、水俣協立病院への赴任が、その概念を根底から覆すことになる。
 ここで目にしたのは、私が知るものとは次元の異なる、真の意味での「総合診療」の実践だった。象徴的だったのは、毎朝の朝礼だ。医師や看護師だけでなく、全職種が一堂に会し、フラットに課題を共有する。介護士の「少し様子がおかしい」という些細な気づきに、訪問看護師が即座に動く。医師が「今日、外来で診ましょう」と呼応する。そこには、職種の壁を完全に超えたシームレスな連動性があった。
 水俣の医師たちは、身体疾患という「点」ではなく、患者の精神状態や社会背景、さらにはトイレの自立度や食事の形態といった「生活そのもの」を把握し、的確な指示を出していた。
 高齢化、人口減少、そしてかつての公害地域という歴史。水俣という土地が抱える複雑な背景は、医療に「cure(治療)」だけでなく、地に足の着いた「care(ケア)」を求める。身体の病を治すだけでは、人びとのいのちを本当の意味で救うことはできないのだ。
 28年間、身体疾患の克服に心血を注ぎ、総合診療医を自負してきた。そのプライドはもろくも崩れ去った。しかし、私の胸を満たしているのは挫折感ではない。本物の医療の深淵に触れた、心地よい高揚感だ。
 またゼロから、この地で学び直せばいい。成熟したはずのキャリアの地平に、今、広大な未知の可能性がひろがっている。この春、私は真の総合診療医へと生まれ変わる、新たな一歩を踏み出した。
(赤木正彦、熊本・水俣協立病院)

(民医連新聞 第1856号 2026年7月20日号)