私たちが求めるケア ⑧ケアをすること、受けることは、どちらもいつかは自分ごと 文/牧野優子
映画『急に具合が悪くなる』が6月19日に全国公開されました。強く勧められ、久しぶりに映画館で鑑賞。あっという間の3時間16分でした。
パリの高齢者施設にユマニチュード(R)を導入しようとする施設長と、偶然出会った末期がんの舞台監督との交流を軸に、認知症だけでなく、病気や障がいの当事者、家族、支援者、専門職…さまざまな立場の登場人物の背景や思いがていねいに描かれます。立場の境を越え、交錯している思いをほどき、困難を乗り越える方法が探られていきます。舞台はパリと京都を行き来し、展開します。
日本と同じ「少子高齢化」「人手不足」といった社会課題をとらえ奮闘する主役2人の姿だけでなく、登場人物の誰かにご自分を重ねる人も多いかと思います。今の立場ではない、違う立場の人の思いに気づかされる人もいるのではないでしょうか。
今、日本では「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」により、新しい認知症観を持つことが国民に求められています。誰にとっても認知症が自分ごとの時代、ケアをすること、されることは、どちらもいつかは自分ごと。境も明確なものではありません。この連載のタイトルは「私たちが求めるケア」ですが、「求めるケア」とは「自分ごと」になったときの「自分が望むケア」が起点になり、生まれて来ます。
私は、講話をする際「私の認知症共生タイムライン」を紹介し、「これまで」認知症の人とどうかかわってきたかを提示してきました。しかし、「これから」自分はどう生き、どうささえられたいかについては、まだ図にしていませんでした。この映画を見て、今の自分と、これから予想されることを、介護者と当事者としての視点で書き出してみたら「自分が望むケア」がより明確になると感じました。
「認知症共生タイムライン」皆さんも一度書いてみませんか。
まきの・ゆうこ 認知症の人と家族の会 茨城県支部代表理事
(民医連新聞 第1857号 2026年8月3日号)
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