機関紙を部会で活用 「これならできる」小さな実践 東京・北多摩生協診療所
東京・北多摩生協診療所(東村山市)の看護部は3年ほど前から、月に一度開催する看護部会で、機関紙を活用しています。診療の業務に奮闘しながら、とりくみを続ける看護部の様子を取材しました。
(髙瀬佐之記者)
待合室には、午前の通常診療が終わった、看護部会中の看護師の姿が。業務報告やヒヤリハットの共有など、会議の内容は多岐にわたり、時間もかかります。診療現場の様子や、他部署との連携内容からも、日常の忙しさが伝わります。
部会も後半。機関紙の紙面交流の時間です。
民医連看護は何が違うのか
このとりくみが始まったのは約3年前。
「きっかけは、法人の看護師長たちとの会話でした」と話すのは、北多摩生協診療所の看護師長、杉崎美往さん。
診療所には、経験を積んだ看護師が多く配属されるものの、民医連を知らずに就職する看護師も。しかし、綱領や、民医連らしいとりくみを学習する機会や、実践の時間がなかなか取れていませんでした。
そんな時、ある看護師から「民医連の看護って、他の病院の看護と何が違うの?」と質問がでました。「新聞を使えば、より伝わるのではないかと思った」と杉崎さんは話します。
費用も時間もかからず、毎月の部会に自然に組み込める。毎回担当者を決め、気になった記事を持ち寄り、感想や意見を交わす。少しずつ、職員が新聞に目を通す習慣が定着してきました。
「部会のこの時間がないと、新聞を見るのを忘れてしまう」。現場で奮闘する看護師たちの正直な声に、思わず笑いが起こります。
ケアや平和が仕事につながる
この日の担当は師長の杉崎さん。部会で共有したのは、東京民医連が発行している「機関紙みんいれんTokyo」の2026年6月号。第35回東京民医連看護師部会総会での川島みどりさん(健和会臨床看護学研究所所長)の記念講演「看護師として母として“戦争だけは駄目”~平和に向けての強い思い~」の記事でした。杉崎さんが本文を紹介し、自身の思いや感想を職員に共有します。
ある看護師は「看護師なのになぜ戦争の話? と最初は思いました」と率直に打ち明けました。
しかし、川島さんの言葉に触れ「看護と平和がこんなふうにつながるのだと、初めてわかった気がした」と語りました。「これまで戦争は他人ごとだったけれど、自分のこととして考えなければと思った」と続ける看護師も。長崎出身の看護師は、小学校の登校日に行われた平和学習や黙祷サイレンの記憶を話しながら、「長崎を離れたら、終戦記念日もニュースを見るだけになっていた」とふり返ります。今、憲法改正の議論がすすむ現状に触れ、「自分の子どもがそういう時代を生きることになったら、と考えると怖い。署名活動など、身近にできることから参加したい」と話し「こういう話をくり返すことが必要。平和な日常に慣れると、その本質を忘れてしまうから」と続けました。
その場は、意見が違っても誰もとがめません。「正直よくわからなかった」「他人ごとと思っていた」。そんな言葉も安心して口にできます。
部会のなかで、民医連の実践を通じて自分の思いを語れる時間。カフェで語り合うような、やわらかな雰囲気で、ケアや平和への問いが日常の仕事と地続きになっていました。
継続が輝く実践に
当所では過去に、「民医連新聞」の読み合わせをするなかで大阪民医連の「子ども班会開催」の記事が目に留まり、「私たちにもできるかも」と職員から声があがり、企画し開催につながったことも。
一方、多忙な現場で、紙面交流のハードルは高いのも現状です。杉崎さんは「私たちの事業所だけでなく、全国各地の事業所や職員も、気づかないうちに綱領を生かした実践を積み重ねているのではないだろうか。緩やかな継続が、確実に民医連の歴史や綱領の学びとなり、日々の実践につながっている」と職員たちと目を合わせ微笑みます。
「これなら、私たちもできるかも」。そう感じられる身近な機会が、民医連で働く職員がキラリ輝く実践を後押しするかもしれません。
(民医連新聞 第1857号 2026年8月3日号)
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