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民医連新聞

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平和主義捨てる「武器輸出全面解禁」 武器売る国へ没落する日本

 政府は今年4月「防衛装備移転三原則」を改定し、殺傷力のある武器の輸出を全面解禁。日本の平和主義はどのように変わってしまうのでしょうか。防衛ジャーナリストの半田滋さんが解説します。

■自維連立で加速する平和主義の大転換
 高市首相は、日本が戦後80年間、守り続けてきた平和国家の看板を懸命に外そうとしている。憲法を改定して自衛隊明記をめざすだけではない。今年4月には防衛装備移転三原則の運用指針を改定し、殺傷力のある武器の輸出を解禁した。国会への事前報告などの歯止め策はなく、日本の平和主義は大転換した。
 1976年三木内閣で定めた武器輸出の全面禁止を意味する武器輸出三原則は段階的に緩和され、2014年安倍政権は名称を防衛装備移転三原則に変え、武器輸出を解禁した。ただ、与党だった公明党の主張で輸出できるのは5類型(救難、輸送、警戒、監視、掃海)に限るとの縛りがついた。
 高市政権の誕生直前、ブレーキ役だった公明が連立を離脱、アクセル役の日本維新の会が連立相手となった。自公政権だった2023年から翌年にかけて、武器輸出に関する政策協議が27回あったのに対し、自維政権の協議はわずか3回。「武器輸出は同志国の防衛力を向上させる」「防衛産業を成長産業にする」(いずれも高市首相)といった粗い論理を前面に押し出し、「武器を輸出して紛争を助長するようなことはしない」という政府方針は後景に霞んだ。
 民主党政権にも責任の一端がある。野田政権は2011年5月、武器の共同開発・生産をするための「防衛装備品・技術移転協定」の締結国ならば、武器輸出できるとした。締結国を増やしていけば、どんな国へも輸出が可能となる「裏口輸出」の手口だ。しかし、高市政権が条件を付けずに武器輸出を全面解禁したので回り道は不要となった。
■「ガラパゴス化」した国産武器の現実
 高市首相は、日本製の武器が売れるという前提に立っているが、そのこと自体が間違いだ。防衛装備移転三原則の施行から10年以上経過して売れたのは警戒管制レーダーが1セットのみ。現在、フィリピンが関心をしめす、老朽化した「あぶくま」型護衛艦は国有財産なので輸出できても防衛産業の売り上げにはならない。
 もう一点、自衛隊が使う国産の武器類は開発段階で輸出を視野に入れておらず、突然、輸出解禁となっても他国のニーズに合わないという構造的欠陥を抱えている。言葉は悪いがガラパゴス化しているのだ。
 例えば、川崎重工業で開発・生産している航空自衛隊のC2輸送機はアラブ首長国連邦(UAE)が関心をしめしたが、舗装されていない滑走路での離着陸に疑問符がつき、売却にいたらなかった。同社が生産する海上自衛隊のP1哨戒機は国産四発エンジンの維持管理が障害となり、米ボーイング社の旅客機を改造した米国のP8哨戒機に各国で破れた。
 新明和工業が開発・生産する海上自衛隊のUS2救難飛行艇は1機100億円超という高価格に難色をしめしたインド側が現地生産や技術移転を求め、折り合わないままだ。
 自衛隊が使う国産の89式小銃は1丁30万円前後。単純な比較はできないものの、世界のベストセラーである旧ソ連製のカラシニコフ(AK47)が1丁5万円前後で取り引きされているのと比べて、相当に割高だ。89式を分解すると約100点の部品になるのに対し、AK47は部品をまとめて1個の単体にしているのでわずか8点にとどまる。銃の宿命ともいえる弾詰まりが起きた場合は小銃を分解しなければならないが、どちらの銃の対処が容易か言うまでもない。
■思想を捨て、落ちぶれた国に
 1976年、当時の宮澤喜一外相は「わが国は武器の輸出をして金をかせぐほど落ちぶれてはいない。もう少し高い理想を持った国として続けていくべきだ」と日本の国家像を語った。今年3月、野党が宮澤答弁を引いて見解をただしたのに対し、高市首相は「時代は変わった」「お金を稼ぐことが落ちぶれたことだとは思わない」と答弁した。
 宮澤氏の言葉を借りれば、「わが国は武器を売って金をかせぐほど落ちぶれ、高い理想を捨てた国」に成り果てたといえる。

防衛ジャーナリスト 半田 滋さん

(民医連新聞 第1857号 2026年8月3日号)