玉城沖縄県政8年の歩みと9.13知事選 誰一人取り残さない社会を沖縄から
9月13日投開票の沖縄県知事選挙。沖縄県は、全国でもっとも低い所得水準や突出した子どもの相対的貧困率、米軍基地負担と、これらに起因する健康・環境リスクなど、他県にはない構造的な困難を抱え続けてきました。玉城デニーさん再選で「誰一人取り残さない社会」を実現する選挙になります。(高瀬佐之記者)
沖縄が背負ってきたもの
沖縄は1945年の終戦から1972年の本土復帰まで27年間、米軍の統治下に置かれました。復帰後も、日本の国土面積の0・6%しかない沖縄に、日本全国の米軍専用施設面積の約70%が集中。県土の約8%が米軍専用施設で、本土平均と比べて約400倍の負担が続いています。
本土復帰後、これまで県政を担ってきた8代の知事も普天間基地返還や振興策を模索してきました。転機となったのは2014年。保守出身の翁長雄志さんは「米軍普天間基地を閉鎖・撤去。県内移設の反対」を一致点に、保守・革新を超えた「オール沖縄」の枠組みで幅ひろい支持を受け、知事に就任。辺野古新基地建設に反対する姿勢を貫きましたが、2018年8月に在任中に死去。その遺志を継ぎ、同年9月の知事選で当選したのが玉城デニーさんです。玉城県政は2期・8年にわたり県政を担ってきました。
2期8年の主な実績
玉城さんは、沖縄県差別のない社会づくり条例の制定、PFAS(有機フッ素化合物)問題での国連特別報告者招請、戦後80年にあたっての平和教育・記憶の継承・地域外交の推進など、平和・人権などでも独自のとりくみをすすめてきました。子育て世帯の負担軽減、子どもの貧困率改善では、目に見えて前進しています(表1)。

患者の一言を胸に
沖縄民医連会長で糸満協同診療所所長の嘉陽真美さん(医師)は、90歳ほどの患者から「これからもみんなのために働いてください」と声をかけられたと言います。戦後の沖縄を生き抜いてきた患者の言葉に「私個人ではなく、民医連で働く職員に託された言葉ではないかと受け止めた」と話します。「誰もが安心して医療・介護を受けられる社会をめざし、努力しても、政治によって社会保障が後退すれば、守れないいのちやくらしがある」と嘉陽さん。物価高で厳しさを増す生活実態にも触れ、「平和は医療や福祉の土台。戦争になれば最初に奪われるのはいのち、あたり前のくらし。今回の選挙は平和で尊厳を持ってくらせる沖縄を、子どもたちへ手渡せるかを選ぶ選挙」と力を込めます。
新基地建設反対は沖縄の将来
辺野古新基地建設は、普天間飛行場の返還を前提にすすめられてきました。1995年の米兵による少女暴行事件を機に開催された県民大会では、「米軍は出て行け」と基地負担の軽減を求める県民の声が大きくひろがり、翌年、日米両政府はSACO(沖縄に関する特別行動委員会)最終報告で普天間飛行場の返還に合意。しかしその後、返還には県内への代替施設の建設が条件とされ、移設先として辺野古が選ばれました。政府は辺野古移設を普天間返還の「唯一の解決策」として、県民投票などでしめされてきた反対の民意にかかわらず、工事をすすめています。
現在、辺野古の海の埋め立て工事は海底にひろがる軟弱地盤のために難航。工事の進捗は約17%。軟弱地盤の改良工事の完了時期も政府はしめせていません。一方、契約ベースで約9300億円もの予算が投入。さらに米国防総省は今年4月、新基地とは別の長い滑走路を用意しなければ、新基地が完成しても、普天間基地は返還しないとの見解をしめしました。
台湾有事を想定した軍備増強の動きのなかで、陸自オスプレイの日米共同訓練参加や長射程ミサイル配備計画もすすめられています。沖縄が軍事拠点として強化されるなかで行われる今回の知事選挙は、沖縄だけでなく、日本のすすむ方向を問う選挙でもあります。沖縄県統一連事務局長の瀬長和男さんは、今回の知事選挙を「沖縄がふたたび戦場にならないという願いを実現できるかどうかの瀬戸際」と表現。「辺野古新基地建設反対の意味は、一つの基地を止めることにとどまらない。沖縄が将来も米軍基地と共存するのか、沖縄の米軍基地全面撤去にむけた第一歩とするのかという大きなテーマが問われている」と話しました。
県民本位の県政継続誓う
8月1日、那覇市内で民医連の現地支援の事務所開きを行い、約30人が参加しました。沖縄民医連の當山浩三さん(事務局長)は、「平和で健康にくらせる沖縄の実現にむけ、力を合わせてたたかい抜こう」と呼びかけました。
當山さんは、玉城県政について「今年度予算は35年ぶりの全会一致で過去最高額。県民生活をささえる施策が着実にすすめられている」と評価。子ども施策では、県民アンケートなどを通じて現場の声をていねいに把握し、住民目線で政策をすすめてきたことを紹介しました。さらに、新型コロナウイルス感染症が拡大した際には、患者を受け入れる医療機関への支援や経営をささえる施策など、医療現場を後押しする県独自のとりくみが実施されたことに触れ、「地域医療と県民のくらしを守る大きな役割を果たした」と強調しました。普天間飛行場返還をめぐる現状にも触れ、「県民の民意を尊重した県政を継続させることが重要だ」と訴え、「限られた選挙期間を全力でたたかい抜き、平和で誇りある豊かな沖縄を次の世代へ引き継ぐため、一人ひとりの力を結集しよう」と参加者へ呼びかけました。
沖縄の思いに触れて
沖縄県知事選挙にむけた民医連の現地支援行動は8月1日開始。全国から職員が駆けつけています。8月1~2日は、地域ごとにわかれてビラ配布。30度を超える厳しい暑さのなか、こまめな水分補給や休憩を取りながら、声を掛け合って活動していました。参加者から「暑さは厳しいが、達成感がある」「全国の仲間といっしょに活動できることが大きな励み」などの声が。ともにがんばる一体感がひろがっていました。
北海道民医連の岸上利光さん(事務)は、那覇市の繁華街にある国際通りで地元の土産店従業員と対話した経験を話しました。岸上さんが辺野古新基地建設問題に触れた際、「相手が周囲を気にしながら言葉を選んでいた」と言います。「沖縄では基地問題について自由に意見を表明しにくい状況があると実感した。全国から来た私たちだからこそ、できることがある。現地の声をしっかり受け止め、共有していくことが大切」と語りました。
大阪民医連は8月2~4日にかけて、事務局員6人が第一陣として参加。竹内智子さん(ケアマネジャー)は、3日間で約3万歩を歩き、6人で3000枚以上のビラを配布しました。「医療や社会保障は政治と深くかかわっており、選挙の重要性を実感した」と竹内さん。沖縄の住民や全国からの参加者とも交流するなかで「現地の状況を直接知る貴重な機会になった」と話しました。
現地支援行動は、選挙支援だけでなく、沖縄の基地問題や歴史的背景を知り、住民の思いに直接ふれる貴重な機会に。全国の仲間とともに行動し、沖縄と全国の連帯を実感する場にもなっています。日本の行く末にかかわる沖縄県知事選挙へのさらなる支援が求められています。

(民医連新聞 第1858号 2026年8月17日号)
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