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民医連新聞

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私たちが求めるケア ⑫正論の前に差し出す手を 私が「介護つなぎ服」の前に沈黙した日 文/和田 誠

 教科書で学ぶ「身体拘束の禁止」というルールは筋が通っていて美しく聞こえます。施設管理者として現場にいた私も、その正論を疑ったことはありませんでした。あの夕方、ある利用者のご自宅を訪問するまでは。
 その家庭では、仕事を持つ娘が、認知症のある父親を一人で介護していました。父親はベッドで介護用つなぎパジャマを身に着け、静かに横たわっています。おむつ外しやかきむしりを防ぐ反面、これは原則として身体拘束に当たります。私が「身体拘束ではないか」と指摘すると、担当ケアマネジャーから「仕方がないんです」と力のない声が返りました。そこへ帰宅した娘さんが、切実な声をあげたのです。「仕方ないじゃないですか。便や尿で布団は何枚買い替えたか。じゃあ私に、他にどうしろと言うのですか? 教えてください」
 その問いに私は言葉を失いました。専門職として正論を振りかざした自分が、悲鳴を上げる娘さんの孤独や疲弊を何一つ見ていなかったと頭を殴られた思いでした。つなぎ服は彼女にとって生活崩壊を防ぐ最後の防波堤だったのです。
 認知症の人が安心してくらすためには、傍らでささえる「家族に対するケア」が欠かせません。家族は介護の代わりをするだけの存在ではなく、ともにくらしをささえる大切なパートナーです。
 あの日、言葉を失い沈黙した経験が、私の原点です。私は今、「認知症の人と家族の会」の代表理事として、家族が孤立しない社会をめざして活動しています。家族の献身的な努力だけに頼るのではなく、社会全体でささえる仕組みが必要です。そのため、社会保障審議会介護保険部会や認知症官民協議会の委員として、現場の切実な声を国や制度作りの場へ届けています。
 ルールで裁く前に「ご家族ご自身の体調は大丈夫ですか」と寄り添い、ともに解決策を探す温かい手を差し伸べたい。あの日のような悲痛な涙を二度と生まないために、誰もが安心して暮らせる優しい社会を創り上げるのが私の使命です。

 わだ まこと 公益社団法人認知症の人と家族の会 代表理事(共同代表)

(民医連新聞 第1861号 2026年10月5日号)