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民医連新聞

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私たちが求めるケア ⑬介護の経験を、明日を生きる力に 文/森川 隆

 介護家族には、それぞれの家族にしか分からない悲しみや葛藤があります。私自身も父母の介護を通して、施設入所をめぐる迷いや後悔、そして安堵感など、さまざまな気持ちを経験しました。介護をする家族の心は、いつも一つの感情では語れないものだと思います。
 特に認知症の介護では、「昨日できていたことが今日できなくなる」「今日できていたことが、明日はできなくなるかもしれない」という不安のなかで、希望を見(みいだ)出せず、鬱々(うつうつ)とした気持ちになることも少なくありません。
 以前、新聞で「今日よりも明日が良くなることのない現実に、一瞬、心が沸騰(ふっとう)する」という家族の記事が紹介されていましたが、多くの介護家族が共感を覚える言葉ではないでしょうか。私自身、難病の父の介護のなかで、深い悲しみと葛藤を経験しました。父は「早く殺してほしい」と何度も訴え、悲しみや怒りを抱えて生きていました。そんな父を前に、私もどうしていいのか分からなくなることがありました。そのなかで見出した一つの光は、父の姿そのものが、私に多くのことを教えてくれている、体験して初めてわかることがあると気づいたことでした。
 介護の経験は、決して簡単に意味づけできるものではありません。「なぜ自分が」「なぜ家族が」と問い続けても、答えが出るわけではありません。けれど、その経験を誰かのために生かすことはできます。体験したからこそ分かる気持ちがあり、悲しみを知っているからこそ共感できることがあります。その経験が誰かを理解する力になり、誰かのささえになった時、私は初めて、その体験に新たな意味を見出せるのではないかと思います。
 悲しみを経験した人だからこそ、分かる悲しみがあります。病気や障害を通して、本当に大切なものに気づくこともあります。互いの経験を分かち合い、ささえ合うことが、人を豊かにし、社会を豊かにしていく。そんな社会こそ、私たちがめざす共生社会の真の姿なのではないでしょうか。

 もりかわたかし 認知症の人と家族の会理事・愛媛県支部代表

(民医連新聞 第1862号 2026年10月19日号)