MIN-IRENトピックス

2017年3月31日

けんこう教室 終わっていないアスベスト被害

東京・芝診療所所長
藤井正實

 当診療所には、じん肺・アスベスト疾患を専門に診ている外来があります。この外来では、高度経済成長期に大量に建材として使われていたアスベスト(石綿)による、さまざまな健康被害に遭われている患者さんを診察しています。
 みなさんは2005年6月に起こった「クボタショック」を覚えているでしょうか。兵庫県尼崎市のクボタ旧神崎工場の周辺住民が、アスベストによる健康被害を受けていると報道され社会問題となりました。あれから12年近くが経ち、アスベストによる健康被害はもう終息に向かっていると考える方もいるかもしれません。
 しかし、マスコミの報道がほとんどなくなった今でも、建設労働者のアスベスト被害救済裁判(建設アスベスト訴訟)やアスベスト製品製造企業を相手取った裁判が行われています。私が診療している患者さんでも、年間約20人はアスベスト被害の労災認定を受けています。労災には至らない病状でも、経過観察が必要な方は毎年100人以上います。アスベストによる健康被害は終わったわけではなく、現在進行形の問題なのです。

アスベストとは

 アスベストは天然にできた6種類の繊維状の鉱物で、幅3µm(マイクロメートル)未満(1µmは1mmの1000分の1)、長さと幅の比が3以上の細長いものを指します。建設現場などで吸い込んだアスベストが肺に蓄積されることで健康被害を引き起こします。
 日本で使用されていたアスベストの大部分は輸入品です。輸入品の70~90%が建築材料として使用され、1970年代半ばと、1990年前後に2度の輸入のピークがありました(図1)。
 欧米では1970年代にすでにアスベストの危険性が指摘されており、1980年~90年代にかけて多くの国で使用と製造の全面禁止へと進みました。しかし、日本では1975年に吹付けアスベストが禁止され、その後1995年、2004年と段階的に禁止、2006年にようやく全てのアスベストの使用と製造が禁止となるなど、規制が大幅に遅れました。アスベスト患者の多くが政策によって生み出されたのです。

被害者が増える可能性も

 アスベストは安価で耐熱性、耐火性、耐摩耗性、耐燃性などに優れているため、1975年頃までに建てられたほとんどのビルで耐火被覆材として鉄骨に吹き付けて使用されました。一般家屋でも同様の理由から、壁や屋根、床材などに使用されていました。現在、それらの建物の解体や改修時期に入っているので注意が必要です(図2)。
 日本で最もアスベストの健康被害に遭遇するのは、建材を使用する建設労働者で、全国で500万人近く(全建総連調べ)にもなります。建設労働者がアスベストの付着した作業着や防じんマスクを家に持ち帰ることで、そのご家族にも健康被害が発生しています。これを家族曝露と言います(曝露とはアスベストに曝されている状態)。
 また、1995年の阪神・淡路大震災や2011年の東日本大震災で、アスベストを使用していた建物が多数崩壊してアスベストが飛散しました。この時に曝露した人が今後発症する可能性もあります。

労災が認められる病気

 アスベスト関連疾患(アスベストが原因の病気)で労災に該当するのは(1)肺がん(2)中皮腫(3)びまん性胸膜肥厚(4)良性胸水(5)石綿肺の5つです(図3)。
■中皮腫 胸膜や腹膜にできる悪性腫瘍のことで、アスベストが原因で発症することがほとんどです。
■びまん性胸膜肥厚 広範囲に臓側胸膜と壁側胸膜の癒着が起きている状態。
■良性胸水 臓側胸膜と壁側胸膜の間に液体が溜まること。
■石綿肺 アスベストが原因で肺が繊維化して起こる間質性肺炎(肺胞の壁や周辺に炎症が起こって発症する肺炎)。医師によってはアスベストとの関連を疑わず、特発性(原因不明の)間質性肺炎や肺気腫、慢性気管支炎などと診断されることも多くあります。
 診断で一番重要なのは職歴です。アスベスト関連疾患は潜伏期間が長く(図4)、20~30年前の曝露が問われます。現在の職業だけでなく、これまでにどんな職業に就いていたかを経年的に聞かなくてはなりません。

建設労働者でなくても発症

 中皮腫は建設労働者だけでなく、一般の方が日常生活の中で低濃度の曝露(環境曝露)をしても発症します。これまでの生活歴で周囲にアスベスト製品製造工場や造船所、鉄道車両修理工場、自衛隊基地など、アスベストが飛散する現場が身近になかったか、しっかり聴き取ることも大切です。
 アスベスト関連疾患を診断していく上でもう1つ重要なことは、肺の胸膜が不規則に厚くなる胸膜プラークの有無を確認することです。アスベスト曝露が無ければ胸膜プラークはできません。自覚症状はないものの、曝露後10~15年くらい経過すると胸部のレントゲンやCTで確認できます。しかし、大学病院や地域の比較的大きな病院の医師でも見逃すことが多く、患者さんがアスベスト関連疾患を疑っても否定されることが多々あります。
 アスベスト関連疾患を疑った際には、専門の医師への受診をお勧めします。近くの民医連院所や「働くもののいのちと健康を守る全国センター(いの健)」(電話03-5842-5601)、いの健の地域センターに問い合わせると医療機関を教えてもらえますので、ご相談ください。

解体時の曝露に注意

 当然ですが、アスベストの曝露を無くせば、アスベスト関連疾患は予防できます。現在はアスベストを含んだ製品の使用は禁止されているので、今後は建物を解体する際の曝露防止対策を講じることが大切です。
 2005年に石綿障害予防規則が制定されました。これにより、建物解体の際の事前調査やアスベスト除去の方法が規定され、アスベストの一般的な生活環境への飛散防止策が示されています。
 しかし、現場労働者の話では、「規則通りに対策を取ると、多額の費用が掛かるため守っていない現場も多い」とのことです。一般家屋ではアスベスト含有建材を使用しているかどうか事前調査をしていないことも多いので、注意が必要です。
 国や地方自治体が調査や除去に要する費用を補助する制度もあります。しかし、自治体によっては、一般家屋の解体には補助が出ない自治体もあります。補助が不十分な自治体には、公的補助を求める運動を続けていく必要があると考えます。

今後の課題

 健康被害への補償制度も不十分です。アスベストの健康被害は労災として認められていますが、建築業の一人親方は「労働者」という扱いではないので、労災の対象外です。そのため、任意で申し込む労災特別加入(一般の労働者と同じように労災保険に加入できる制度)をしていないと、他の建設労働者以上の曝露量であっても、労災とは認定されません。このような実態に鑑み、過去に労災特別加入をしていなかった一人親方にも、国は労災補償並みの救済制度を整備すべきです。
 また、2006年にできた石綿健康被害救済法は、労災が認められない家族曝露や環境曝露による被害者の救済が主ですが、労災と比べて補償が貧弱である上に、認定基準が労災の基準より厳しく、とても国の主張する「隙間無い救済」とは言えません。
 労災認定については専門的にはさまざまな問題がありますが、一番の問題はアスベストに詳しい医師が少ないことです。労災病院はアスベスト疾患センターを併設していますが、ほとんどが呼吸器内科医の併任で、必ずしもアスベストに詳しい医師ばかりではありません。民医連でアスベスト問題の主力となっている医師が診療をしている地域で労災認定が進んでいることを考えると、アスベストに関わる医師の養成が急務です。
 皆さんがアスベスト問題に関心を寄せていただくことが、同じような被害を繰り返さない秘訣です。まだまだ被害の終息には程遠い状況を心に留めていただければ幸いです。


兄弟3人がアスベストの被害に

首都圏建設アスベスト訴訟
第二陣原告団共同代表
東京・三多摩健康友の会員
吉田重男さん(68)

 私は兄弟3人で左官やタイル張りを仕事にしてきました。大きなビル工事などの下請けとして50数年、誇りを持って働いてきました。しかし、働いている間に国や製造会社はもちろん、現場の監督からもアスベストが病気の原因になると説明を受けたことはありませんでした。
 一緒に働いてきた兄弟3人のうち長兄が71歳、次兄が69歳の時に肺がんと石綿肺で亡くなり、私もびまん性胸膜肥厚で労災認定になりました。私は咳とたんに苦しんで、坂道や駅の階段は休み休みでないと歩けなくなりました。全てアスベストが原因です。
 アスベストが身体に悪いことを知っていて使わせてきた国とアスベスト製造会社を相手取り、2008年5月に仲間たちと首都圏建設アスベスト訴訟を東京地裁に起こしました。2011年には横浜地裁にも裁判を起こしました。その後、訴訟は京都、大阪、九州、北海道など全国へと広がりをみせています。
 アスベスト建材が解体期を迎える今、解体やリフォームで一般の人たちにもアスベスト曝露の危険性があります。裁判闘争とともに、これ以上被害を広げないためにアスベストの危険性を市民に伝えていくことが私たちの役割だと思っています。 
 現在、多くの団体に裁判を支援していただいており、全国の民医連事業所でも建設アスベスト訴訟の公正判決を求める署名などをお願いしています。皆さんもぜひ、ご協力ください。


診断支援サイトができました

 全日本民医連は、病院や診療所が気軽に利用できる「アスベスト関連疾患診断支援サイト」を作成しました。サイト内では疾患ごとに労災や健康手帳発行申請の手順を分かりやすく解説しており、アスベスト被害者の救済に活用できる内容です。
 各事業所にCD-ROMを配布予定。病院や診療所で、診断の際にご活用ください。
問い合わせ 全日本民医連医療部 (03-5842-6451)

いつでも元気 2017.4 No.306

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