いつでも元気

2017年5月2日

医療と介護の倫理 「自宅で最期まで暮らしたい(1)」

堀口信(全日本民医連 医療介護倫理委員会 委員長)

 民医連や共同組織の人たちが大事にしている言葉の一つに、「安心して住み続けられるまちづくり」があります。子どもや若者、子育て世代にとっても大事な理念ですが、高齢になればなるほど慣れ親しんだ場所に住み続けることで安心できるというものです。
 誰もが慣れ親しんだ場所は自宅です。介護や医療が必要になった場合、自宅に住み続けたいと願っても、「介護者がいない」「在宅医療が受けられない」など、願いをかなえるのは容易ではありません。
 それでも、「自宅で最期まで暮らしたい」という本人の願いを実現することが、本当に良いことなのか。ここにも患者さん、利用者さんにとって“最良の選択を考える”という倫理的問題があります。

がんと認知症の夫婦

 今回は全日本民医連発行の『医療倫理事例集2015』から事例をご紹介します。
 都市部にお住まいの高齢夫婦のケースです。夫が専門病院でがんの手術を受けました。病理検査でがんのリンパ節転移が見つかり、抗がん剤や放射線の治療を受けました。しかし、数年かけてがんは進行。いよいよ通院もできなくなり、かかりつけの診療所が訪問診療を開始しました。
 一方、妻は数年前から認知症が始まり、薬やお金の管理ができなくなってきました。人が付き添っていればなんとか家事はこなせており、来客があると玄関先まで見送りに出て挨拶することはできています。
 夫が働いていたときは、献身的に支えてきた妻です。夫の退職後は一緒に釣りに出かけたり、家庭菜園で野菜を作ったりしてきました。互いを「○○ちゃん」と呼び合う仲で、尊敬し合っているのが周りからもよく分かります。
 そんなご夫婦ですが、がん末期で通院できないほど弱ってきた夫を、認知症の妻が最期まで看取るのは難しそうです。夫の訪問診療を担当する診療所の医師は、いよいよというときのために夫が入院できる緩和病棟(ホスピス)と、夫が入院した際に妻が入所するグループホームの申し込みをご夫婦に提案しました。

“安全”か“安心”か

 夫は自宅で最期まで暮らしたいと思っていますが、「周囲に迷惑を掛けたくない」とも話しています。妻はさまざまな判断が難しくなっていて、「みなさんの良いようにしてください」と言うばかり。
 遠方にいる独身の一人息子は、仕事が多忙で介護はできない状況です。息子は「周囲に迷惑が掛からないように」という気持ちから、ご両親の入院と入所には理解を示しています。
 訪問診療に同行していた看護師は、そんなご夫婦を近くでずっと見守ってきました。「医療と介護がもう少し支えられたら、夫の願い通り、最期まで自宅で暮らすことができるのでは」と悩んでいました。
 このケースの場合、夫の本当の願いは住む場所ではなく、妻と最期まで暮らすことにありそうです。ホスピスとグループホーム、別々に暮らすことでその願いはかなわなくなります。
 ホスピスでの「安全な」最期か、自宅で妻と迎える「安心の」最期か。もう少しじっくり話し合って、ご夫婦にとって最良の選択を考えたいところです。
 もしみなさんが同様の立場になったとしたら、どのように希望されますか。次号は別のケースについて、考えてみたいと思います。

いつでも元気 2017.5 No.307

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