いつでも元気

2004年7月1日

特集2 前立腺がん 早くみつければ、こわくない

前立腺がんが増えています(図1)。

図1 日本の前立腺がんの罹患率*・死亡率の推移
genki153_08_01

 2002年に、天皇が前立腺がんで全摘手術をうけられました。その少し前、歌手の三波春夫さんや映画監督の深作欣二さんが前立腺がんによって命を落とされています。新聞、雑誌で、前立腺がんの特集などをしばしば見かけるようになったのは、このころからです。

 ただ前立腺の病気は、私たち泌尿器科が扱うこともあり、内科や外科の病気と比べて、一般の人の理解がとぼしい分野です。じつは、泌尿器科はどこを治療し ているかわからない人も少なくないのです。そのため、いろいろ誤解を持って外来を受診される場合が多い印象があります。

 ここでは、泌尿器科とは何かということにもふれながら、前立腺疾患についてお話したいと思います。

 

図2
genki153_08_02
図3
genki153_08_03

年とともに前立腺の病気が

 泌尿器科は、尿路(腎臓、尿管、膀胱)、性器(前立腺、精巣)の病気を治療します。問題の前立腺は、男性 の膀胱のちょうど真下で、尿道が始まる部分をとり囲むようにあります(図2)。クルミほどの大きさで、クリのような形をしています。後ろが直腸と接してい るため、肛門から指で触れる(直腸診)ことができます。

 前立腺はミカンのような層構造をしていて、ミカンの皮にあたる外腺(末梢域と中心域)と、実にあたる内腺(移行域)から構成されています。前立腺がん は、おもに外腺から発生する悪性の腫瘍です(図3)。

 前立腺は男性生殖器の一部で、精子の運動を助ける前立腺液を分泌します。また、膀胱の出口を開閉して排尿を調節する働きがあります。前立腺の成長は男性 ホルモンに依存しており、生殖に深くかかわるため、若いころは非常に活発に活動します。しかし、年をとるにしたがって、本来の生殖での意義は減っていき、 逆に前立腺の病気(前立腺肥大症、前立腺がん)は増えていきます。

前立腺がんと前立腺肥大症

 高齢者の前立腺の病気にはもうひとつ、前立腺肥大症がありますが、こちらは内腺から発生します。良性の病気ですから、進行して前立腺がんになることはありません。

 前立腺肥大症は、尿道を圧迫するため、頻尿や排尿困難などの症状が現れます。これにたいし、前立腺がんは外腺に発生するため、早期はほとんど無症状で す。しかし、病巣が大きくなって尿道や膀胱を圧迫するようになると、排尿障害や血尿などが現れてきます。

 さらに進行すると、骨や骨盤内のリンパ節に転移します。骨に転移すると腰痛などの症状が現れることがあります。

血液中のPSA値が高いと

 前立腺がんの検査には、最近はまず「PSA検査」が用いられます。

 PSA(プロステート・スペシフィック・アンチジェン、日本語では「前立腺特異抗原」)は、前立腺の細胞で生みだされ分泌されるたんぱく質の一種です。 がんなどで前立腺の細胞が壊れるような状態では、大量に放出されるため、血液中のPSA数値が上昇します。このことから、PSAが高ければ前立腺にがんが ある可能性が高い、といえるのです。

 具体的には、(血液1硺竑あたり)PSAが4(ナノグラム)以上なら10~20%、10以上なら70%近い前立腺がんの発見率があります。一般的に、前 立腺がんが進行するほどPSAの数値はふえます(図4)。

 その他の検査として、医師が肛門から指を入れて前立腺に硬いところがないか調べる直腸診や、肛門から超音波で前立腺の形や大きさを調べる経直腸的超音波検査があります。

 ふつうは、この3つの検査を組み合わせて前立腺がんの可能性を判断します(スクリーニング検査=図5)。疑わしいと診断された場合は、細い針を使って、 前立腺の組織の一部を採取し、顕微鏡でがん細胞の有無をしらべる「前立腺針生検」をおこないます。通常、麻酔をかけて、前立腺の組織を数カ所採取します。

図4 検査結果(PSA値)の判断は?
genki153_08_04

進行度合で治療法は異なる

 「生検」で前立腺がんと診断されると、次はがんがどこまで広がっているのかを調べます。

 MRI検査やCT検査、骨シンチグラフィーといった方法を使って、画像診断がおこなわれます。MRI検査は前立腺のどの部分ががんに侵されているかを、 CT検査は骨盤内のリンパ節の腫脹(はれ)などを、みます。骨シンチグラフィーは前立腺がんの骨への転移を調べます。

 これらの結果を元に、がんの病期を決定します。

 早期(限局)がんの場合は、一般的には前立腺と精嚢腺を摘出する全摘術をおこないますが、手術できない患者さんには放射線療法やホルモン療法を組み合わせて治療します。

 病期が進むと、ホルモン療法を主体として手術や放射線療法を組み合わせて治療します。

 ホルモン療法は男性ホルモンの働きを抑える治療法です。前立腺がんは男性ホルモンを栄養にしているためその栄養を絶ってしまいがんの勢いを抑えるという治療です。

 以前はいわゆる「去勢術」(睾丸の摘出)をおこなっていましたが、現在はLH│RHアゴニストという薬を月に1回あるいは3カ月に1回注射することにより男性ホルモンを継続的に下げる薬物的去勢という方法が主流になってきています。

図5
genki153_08_05

患者さんの明暗・Aさんの場合

 さて、以上の知識をふまえて、次の話をお読みください。明暗がわかれた典型的な前立腺がんの患者、お二人のケースです。

 Aさんは58歳。市の住民健診のさい希望者のみにおこなっているPSA検査を今回は受けてみました。正月に田舎で集まったとき、前立腺がんで通院中のお 兄さんから、いろいろ検査や治療のことを聞き、PSA検査の話題も出たからです。

 健診の翌月、結果が返ってくるとPSA数値は8・8でした。前に書いたとおり、PSAは4以下が正常です(図4)。2次検査として泌尿器科を受診するよ うすすめられ、私たちの病院にこられました。排尿に障害はなく直腸診、経直腸前立腺エコーも異常はないが、PSAは当院でも8・7と高い結果でした。

 そこで前立腺生検をしたところ、8カ所のうち2カ所から前立腺がんが検出されました。さっそくMRI検査やCT検査、骨シンチグラフィーをおこないまし たが、浸潤、転移はみられず、病期B(限局がん)と診断しました。

 治療法として、手術、放射線治療の説明をすると、Aさんは手術を選択されました。

 手術のさいの問題は2つあります。1つは出血、もう1つは術後の合併症(尿失禁、勃起障害)です。

 出血にたいしては、手術前にご自身の血液をストックしておく自己血という方法をとりました。これは術前に貯めた血液を手術時に戻し、他人の血液の使用を 避ける方法です。結局Aさんは出血量600ccでご自身の貯血のみで対応されました。

 尿失禁についても、術後尿道カテーテルを抜いた直後はパット(おしめ)が必要でしたが、その後括約筋のトレーニングをして、術後1カ月程度でほぼ改善しました。

 勃起障害については、手術のとき前立腺の周囲にある勃起神経もとってしまうため、ふつうは術後必発です。勃起を強く希望される場合は、がんと離れた側の 勃起神経を温存する方法もありますが、それでも回復100%ではなく、がんの取り残しにつながる可能性もあるため、Aさんは通常の摘出を選ばれました。

 摘出した前立腺を病理検査で詳細に調べましたが、がんが前立腺外へとび出ている所見はなく、リンパ節への転移もありませんでした。術後のPSAは0・1 未満と測定限界以下となっていました。

 術後5年以上たった現在も、PSA値は0・1未満を継続しています。

患者さんの明暗・Bさんの場合

 Bさんも同じ58歳でした。しばらく前から尿の出が悪いと自覚していましたが、そろそろ年のせいかなと思い、仕事も忙しいため、ようすをみていました。腰痛がありましたが湿布と、日曜日の近所の温泉センター通いで紛らしていました。

 ある朝起きたら左足がしびれて動かず、あわてて整形外科へ。レントゲンをみた医師はすぐ泌尿器科に行くよう指示しました。Bさんは車いすで外来を受診しました。

 直腸診では前立腺は石のようにガチガチで、エコーでも輪郭が不整になっていました。PSA値は788と異常高値で、前立腺生検を施行したところ、全採取 部位からがんが検出されました。骨シンチグラフィーでは腰椎、骨盤の骨に多発性の転移が認められました。病期Dと診断され、ただちにホルモン療法を始め、 また腰椎の転移部にたいし放射線療法をおこないました(図6)。

 1カ月後Bさんは歩いて退院しましたが、PSAの値は18が最低で8カ月後から再上昇が見られ、1年半後には1000以上にまでなり、結局亡くなりまし た。前立腺がんと診断されてから2年半後でした。

 PSAが普及してきた今でもBさんのような残念なケースがまだ多くあります。もちろん、症状の出る前にPSA検査をしていればBさんを前立腺がんで死な ないように必ずできたかといえば、それはわかりません。ただ、PSA検査という非常に便利で有用な道具を持っている今、せめて何年か前にBさんがPSA検 査を受けていれば違う結果になったかもしれないと思うと、残念です。

図6 病期(ステージ)別治療
genki153_08_06

PSA検査もっと広めたい

 じつは、私の母校の群馬大学泌尿器科教室では、20年以上前から群馬県で前立腺検診を施行してきました。 私が大学で検診業務に携わった一九九三年(平成5)に、初めてPSA検査が導入されました。そしてその年の集計では前年までに比べ3倍の前立腺がんの発見 率、しかも早期がんの割合が多いという結果がでて、「PSA検査というのはすごいぞ」と実感したのを覚えています。

 それから10年以上たって、今では泌尿器科の常識となったPSA検査ですが、残念ながらまだまだ一般に完全に普及したとはいえません。

 自治体によってはPSA検査を一般の住民検診に導入したところもあり、開業医の先生でも積極的にかかりつけ患者さんのPSA検査をして異常値であればま めに紹介していただけるケースもあります。

 ですが、昨年の当院泌尿器科を初めて受診した前立腺がん患者さんの50%は進行がんで、うち20%は転移がんでした。

 何とかこの進行した前立腺がんの患者さんを1人でも減らしたい。そのためにも今回これを読んでいただいたなら、ぜひ1度はPSA検査を受けてみてください。

 50歳を過ぎたら年に1度はPSA検査を――それによって「少なくとも前立腺がんでは死なない」といえるようになればと思います(図7)。

図7 早くみつければ、こわくない
genki153_08_07

いつでも元気 2004.7 No.153

お役立コンテンツ

▲ページTOPへ