いつでも元気
2004年10月1日
特集2 胃切後遺症の克服法 患者自身がつらさ交流し編み出した 「吸収の悪いものから少しずつ食べる」など
胃がんなどで胃を切る手術を受けた方は、全国で数十万人いると推測されます。読者のなかでも胃を切った方はおられるでしょう。家族や親類、知人まで含め ると、ほとんどの方は胃を切った方をご存じだと思います。胃の病気は手術によって治り普通に生活できますので、周りから見ると何の苦労もないように見えま すが、胃を切ったあとの後遺症で悩んでいる方は大勢おられます。
胃を切った仲間たちの会
筆者が「健胃会」とおつきあいを始めて約20年たちます。「健胃会」は「胃を切った仲間たちの会」です。 札幌市で1982年12月に誕生しました。北海道勤医協中央病院の蕫胃切患者の会﨟を、もっと多くの人に開かれた会にしたい、学習と交流と運動をすすめて いきたいという願いをこめ「健胃会」となりました。
発会以降、年1回の総会と2~3回の例会を開催してきました。医師・栄養士などの教育講演と胃切者同士の交流会をくり返し行なってきました。
健胃会での体験交流会のたびに、診察室で胃切患者のこんな苦しみを聞いたことがあったろうかと驚かされました。体験交流会で医師は、なぜそのような苦しい症状がおきるのかという、病態の説明をすることはできても、その克服法を示すことはなかなかできません。
治療法でなく克服法
「克服法」といいましたが、健胃会の会員は後遺症の「治療法」とは言わないのに、私も気づいてきました。 胃切者のほうが真理を知っていたわけです。つまり、苦しみを「治療」してもらおうと思えば、患者は医師に苦痛を訴えてくるでしょう。医師が頼りないからか もしれませんが、胃切者自身が、つらさを克服するために胃切者同士の交流を求めていたのです。
何度も例会に参加するなかで、胃切者の後遺症の克服法をたくさん聞かせていただき、だんだんと私のアドバイスが適切になってくるのを感じるようになりました。
後遺症にはどんなものが?
胃を切った後の苦しみは、手術前に医師からそれなりの説明がなされているとはいえ、苦労している方が多いと思います。なかには、手術前とまったく同じように食べられ、何の苦労もなかったという方もいますが、それはごくまれな例といえます。
約20年間の健胃会の例会や交流会のなかで、くり返しテーマとなった「後遺症=胃切者の苦しみ」は以下の項目にまとめることができると思います。これは、健胃会の会員がみんなで整理した「胃切後遺症」ということができるでしょう。
a 小胃症状(少ししか食べられ ない)
b 早期ダンピング症状(食べる とすぐおなかがグルグルし、おなかが痛い、食べるとすぐ下痢をする、食べるとすぐ吐き気がする、食べるとすぐ冷や汗がで る、食べるとすぐ心臓がドキドキする)
c 後期ダンピング症状(食後2 時間くらい、または空腹時に、冷や汗、心臓がどきどきする)
d 逆流性食道炎(胸やけで苦 しんでいる)
e 逆流症状(急に苦い水が上が ってきてのどが焼けつくようにな る)
f 慢性的な下痢
g 貧血(低栄養性・鉄欠乏性・ ビタミンB12欠乏性)
h 骨粗しょう症(腰痛、骨折)
i 術後の胆石症
j 術後の糖尿病の発症
k 術後のうつ状態(気力の低下、睡眠障害、イライラ、不安感)
l 術後の癒着、腸閉塞(イレウス)
m その他
紙面のつごうで、これらの一部について述べます。
もっと詳しく知りたい方は、『胃を切った仲間たち――胃切後遺症とその克服法』をご覧ください。
噴門と幽門=胃の働き
図1を見てください。胃切前の胃袋です。口から食べたものは、食道を通り、食道と胃のつなぎ目である噴門 を通過し胃袋に入ります。胃袋で胃液と食べたものがよく混じりあい、おかゆの状態になって少しずつ幽門から十二指腸に送り込まれます。食べたものが胃袋の 中にたまっている時間は、食べものによって違いますが、およそ2~3時間くらいです。
噴門は、胃袋の内容物が食道に逆流しないように筋肉が弁のはたらきをします。幽門は、時間をかけて胃袋の内容物を少しずつ十二指腸に送り込む蛇口の役割をもっています。
図1 正常な胃袋の図と名称 |
胃切除の手術方法には
胃切除の方法はいろいろあります。
「胃全摘」の場合は、胃袋はまったくなくなり、噴門も幽門もなくなります。
最も多くの方が受けている手術方法は「幽門側普通切除」です。これは幽門をふくめ、胃袋を3分の2切除する方法で、噴門の側が3分の1残っています。
「亜全摘」というのは胃袋を5分の4切除したもので、5分の1の胃袋が残った状態です。
胃袋を切除し、小腸とつなぐ方法を「再建術式」といいますが、これにもいろいろな方法があります(図2)。
「全摘」の場合、噴門から幽門まで胃袋を全部切除します。食道と十二指腸を直接つなぐこと(吻合)はできませんので、その間に小腸を持ち上げてくることになります。ときには大腸の一部を使うこともあります。
図2 胃切除後の再建術式(残った胃に小腸をつなぐ)
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食べられない不安
胃切後、食事がとれず体重がだんだん減っていくことは胃切者の最大の心配と不安です。胃切後、ほとんどの方は体重が減ります。
「10㎏減った」といっても、もともと80㎏の体重の人と40㎏の体重の人とはその深刻さが当然違ってきます。
そこで、一つの「ものさし」として、BMI(body mass index 体格指数)を活用します。その人の身長に合った理想の体重からみて自分はどの位置にいるかが大切です。
計算式は
体重(㎏)÷身長(m)÷身長(m)
または体重(㎏)÷身長(m)2
BMIが22で正常の中間値となります。25以上は肥満、18以下がやせすぎです。体重65㎏で身長1・7mの人は、BMI22・49で正常ということになります。
有名なダンピング症状
「ダンピング」は、お店屋さんで商品の値段を下げるときによく使われる言葉ですね。胃を切除すると、食べたものが胃に留まることなく小腸にストーンと落ちていき、そのためにつらい症状をおこすのでダンピング症状と呼んでいます。
ダンピング症状は、「早期ダンピング症状」と「後期ダンピング症状」に分けられます。
「早期ダンピング症状」は、食べるとすぐおなかがグルグルしてすぐトイレに行きたくなったり、はき気が出るという症状です。
食べたものが急に小腸に落ちていくと、小腸が急に膨らみ、小腸の動きが活発になり、腸の消化液も一気に腸内に分泌され、さらに小腸からいろいろなホルモンが血液中に分泌されます。腸が活発に動くため、おなかがグルグルし、おなかが鳴り、痛みがでて、下痢をしてきます。
腸の消化液が急に出るため、血液中の水分が失われ、循環している血液量が減って、立ちくらみやめまいがおきます。小腸から血液中に分泌される消化管ホルモンは、心臓をドキドキさせたり、顔面を紅潮させたりします。
「後期ダンピング症状」は、食後2~3時間後に、冷や汗、だるさ、めまい、動悸をおこし、ときには意識を失うことがあります。この症状は、糖尿病で、血糖降下剤やインスリンで治療をしている方の「低血糖症状」とまったく同じものです。
ダンピング症状の克服法
胃切者のアンケートでは半数以上の方がダンピング症状を経験しています。
克服方法を聞くと、「カロリーの高いものは後から食べる」「消化・吸収が悪いものから食べる」「少しずつ食べ、苦しくなると休む」「よくかんで唾液の助けを借りるようにした」「食後30分は横になる」「職場でもこっそりと横になる」などの回答がありました。
いずれも理にかなったものです。食べる際に、小腸を急に膨らませず、ゆっくりと吸収の悪いものから食べて いくことがコツのようです。早食いは厳禁です。働いている人がゆっくりと食べるということはなかなかむずかしいことだと思います。職場で、自分の病状を理 解していただくのはとても大切なことです。
逆流性食道炎と克服法
胸やけは、胃切者でなくてもよくある症状です。胃の調子が悪いとき、食べ過ぎたとき、ストレスが多いときなどにはよく経験するものです。
「胸やけ」や「胸の裏側の痛み」など「逆流性食道炎」と思われる症状を経験している方は胃切者の約4割で、全摘者のほうが苦労しています。
胃をとっていない方の場合の「逆流性食道炎」は、胃液の成分である塩酸が食道に逆流し食道がただれた状 態、または潰瘍をつくる状態です。つまり、胃酸による食道の腐食です。胃を切除した方は、胃酸の分泌される部分の一部または全部を切除します。従って、胃 切後の「逆流性食道炎」は胃酸によるものではなく、アルカリ性の腸液による食道の腐食となることが多いのです。
逆流性食道炎の克服法は、「頭を高くして寝る」「症状が出たときに飲み物を飲む」のが一番いい方法です。
胃切除をした病気名は
健胃会のアンケート「どんな胃の病気で手術しましたか?」に回答のあった126人の病名は、胃がんが91 人(72%)、胃潰瘍23人(18%)であり、この2つの病気で9割を占めています。そのほかには、十二指腸潰瘍、胃ポリープ、悪性リンパ腫、胃カルチノ イド、胃平滑筋腫などです。
胃がんと診断されるとすべて手術になるかといえば、そうではありません。早期胃がんのうち転移の可能性のない胃がんは最近では内視鏡的(胃カメラによる)治療となります。
内視鏡的粘膜切除術つまり胃カメラで治せる胃がんとは、早期胃がんのうち(1)がん細胞が胃壁の粘膜内に 留まっていること、(2)がん細胞の病理組織型が「分化型」といって、比較的たちの良いがんであること、(3)がん病巣内に潰瘍を形成していないことが条 件となっています。この治療の場合は、外科的胃切除と違い胃切後遺症はまったくありません。
胃がんの28%が切除せず
胃がん治療の最近の動向を示すデータとして、勤医協中央病院の胃がんの治療例をみてみます。
1991年から2002年までの11年間に、胃がんの根治治療を1454人に行ないました。そのうち外科的切除(開腹手術)は1046人 72%、内視鏡的胃粘膜切除術は408人28%です。胃がん患者のうち28%が胃切除をせず治せる時代になったといえます。
1454人のうち早期胃がんは1043人72%、進行胃がんは411人28%です。早期胃がんは胃壁の粘膜および粘膜下層までにがん細胞が留まっているものです。
早期胃がん1043人中内視鏡治療を行なったのは408人ですから、早期胃がんの39%が開腹手術をしないで胃がんを治したことになります。
胃がんはもはや恐れる病気ではありません。1年に1回は胃バリウム検査か胃内視鏡(胃カメラ)検査を受けるようにしましょう。
いつでも元気 2004.10 No.156
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