MIN-IRENトピックス

2017年9月29日

けんこう教室 最後まで口から食べるために

東京・大田歯科
歯科医
吉田一心

 健康長寿社会を迎え、最期までピンピンと元気に、そしてコロリと逝きたいと望む人も多いのではないでしょうか。そのためには、お口の健康を保つことも大切です。
 「口は健康の入り口」と言われます。しっかりと歯で噛み、良く食べることで栄養状態は良くなり、全身の健康を保つことができます。
 歯の大切さを訴える啓蒙活動として、1989年から日本歯科医師会と厚生省(当時)で「8020運動」を進めています。これは「80歳になっても、20本以上は自分の歯を保とう」という運動です。人は20本以上の歯があれば、食生活にほぼ満足することができると言われています。
 厚生労働省が5~6年ごとに実施している歯科疾患実態調査では、70歳以上でも20本以上の歯を有する方が年々増加しています(図1)。昨年の調査では、80~84歳で20本以上の歯を有する方が4割を超えました。
 80歳という年齢は、1989年当時の日本人女性の平均寿命に由来しています。平均寿命が伸びている今、8020を達成した方も生涯にわたって自分の歯で食べる楽しみを味わうために、お口の健康に気を付けましょう。

歯を失う原因

 健康は失って初めて、「以前は健康だったのだ」と気付かされることが多いものです。歯も例外ではありません。歯を失う直接的な原因は虫歯や歯周病、破折(歯が割れる)が上位を占めます。中には「孫の頭とぶつかった」といった外傷が原因だった方もいます。
 特に歯周病は、重症になるまであまり自覚症状も無く進行します。痛みが出た時には、すでに歯を抜かなければいけないほど悪化した状態の方が多くいます。
 もう1つの大きな原因である虫歯は、歯の神経が生きている場合はしみたりズキズキと痛むので、多くの方が受診します。しかし、一度神経の処置(根の治療)をしてしまうと痛みは感じません。この自然の防御機能が失われた状態で虫歯が進行すると、再び被せ物をする治療はできなくなります。そして虫歯の穴に汚れがつまり、歯が磨けなくなるほどの痛みが出た時には、歯を抜かなければならないことが多いのです。

生活の変化で虫歯に

 ここで、私の患者さんで歯を失うことになった方の事例を3つ紹介します。
 事例1 定期検診で発覚
 40代女性 親の介護で忙しく、自分の歯磨きは後回しになっていたようでした。痛みがなかったので受診をしておらず、定期検診を受けた際に深刻な虫歯が発覚。歯を抜かなければならなくなりました。
 事例2 食生活の変化で
 60代男性 定年退職後、朝食をご飯とみそ汁からパンとコーヒーに変更。パンには原料に砂糖が含まれています。コーヒーにも砂糖を入れて飲んでいた結果、以前治療した奥歯の被せ物の隙間から虫歯になってしまいました。本人は定年前にもたまにパンを食べていたので、この様になるとは思ってもいなかったようです。
 事例3 認知症の悪化で
 70代女性 認知症の悪化に伴い、十分な歯磨きができずに「歯がポロポロと取れてしまう」と家族から相談を受けました。歯が抜けるまで本人が「歯が痛い」と言ったことが無かったので、家族の方は虫歯にならない体質だと思っていたそうです。
 以上の事例から私が学んだことは、生活の変化による虫歯の発症でした。歯科医院で定期検診を受けて治療をすることも大切ですが、日常生活で虫歯にならないように気を付けなければ、一時的には治っても再発する可能性が高くなります。

虫歯を予防するには

 日常生活の中で虫歯を防ぐためには、食べ方や食べる物に気を付けることが大切です。以下、5つの注意点を参考にしてください。
(1)就寝前は食べない
 親が子どもに「寝る前に食べてもいいけど、歯を磨かないと虫歯になるよ」と話していませんか。これは半分本当で、半分嘘です。歯を磨かないと虫歯になるのはおおむね正解ですが、歯を磨いても口の中から食べカスを完全に無くすことは至難の業です。寝る数時間前からは、カロリーのない水やお茶などの飲み物以外は取らないことが、虫歯対策には有効です。
(2)間食に注意
 人間の自然治癒力の1つに唾液の力があります。一度物を食べると口の中の状態が酸性に傾きます。この時に、酸によって歯の表面のエナメル質が溶けて(脱灰)、虫歯になりやすくなります(図2)。
 酸性に傾いた口の中は唾液の作用により、その後数十分で中性に戻ります(再石灰化)。ダラダラとあめ玉を舐めたり間食をすることは、酸性に傾く時間を長くしてしまいます。この習慣に心当たりがある方は気を付けてみてください。
(3)甘い物以外にもリスクが
 皆さんがよく気にする甘いものですが、虫歯菌が砂糖を利用して酸を作ることは有名です。したがって、寝る前に甘いアイスクリームなどを食べれば虫歯になることは想像しやすいでしょう。しかし、夜食にラーメンやパンを食べることにも、リスクがあるのです。
 虫歯菌が増えるときに必要な栄養は、糖分だけでなく炭水化物でも作られます。特に一度粉にして作られたパンや麺類などの製品は分解も早く、すぐに虫歯菌が利用可能な栄養になります。やはり寝る数時間前からは何も口にしないことが大切です。
(4)バランスの良い食事
 食べ物に気を付けることは、口の中だけでなく全身の健康にもつながります。糖尿病との関係が深いとされる血糖値を急激に上げる食べ物(炭水化物など)は、歯の表面の虫歯菌の付着も早めます。
 反対に、時間をかけて血糖値を上げるような食べ物(たんぱく質など)は虫歯菌の付着が遅くなることが報告されています。食事は丼や麺類など一品で済ますのではなく、バランスの良いメニューを心がけましょう。
(5)歯を守る製品の使用
 キシリトールが含まれる食品やフッ素入りの歯磨き粉の使用で、虫歯の進行を抑えることもできます。

歯周病を予防するには

 歯周病の予防には、(1)よく噛む、(2)しっかり歯を磨く、(3)リラックスすることが大切です。
(1)よく噛む
 よく噛むことにはさまざまなメリットがあります。まず、歯を支える組織である歯根膜(歯根と歯を支える骨の間にある薄い膜)に良い刺激を与えます。時間をかけて食事をすることで、自然と食べ物で自分の歯の汚れの一部を落とすこともできます。
 また、口の中で唾液と食べ物がよく混ざって栄養を吸収しやすくなります。1口で30回は噛むように意識してみましょう。
(2)しっかり歯を磨く
 毎日決まったタイミングでしっかりと歯を磨くことは、口の中の虫歯菌を少なくし、悪さをしない数に抑えることができます。口の中を全く菌のいない状態にすることはできません。図3を参考に、80%の除去(虫歯菌が悪さをしない程度)を目指して歯磨きをしましょう。
(3)リラックスする
 身体がリラックスすると、人間の持つ自然治癒力(自己免疫機能)を高めて細菌とたたかい、症状の重篤化を防ぐことができます。深呼吸をして身体の力を抜いてみましょう。深呼吸のほかにも、ゆっくりお茶を飲んだり、ぬるめのお風呂に入る、十分な睡眠を取るなどもリラックスにつながります。
 この様に日常生活の中には、改善のきっかけがすぐそばにあるのです。しかし、全てを守ることは大変で、私も完璧にできるかと言われると難しいです。できることから少しずつ取り入れてみてください。

口から食べなくなっても

 歯が1本も無くなったり、病気で口から食べることができなくなっても、口の中の細菌は繁殖します。この細菌が唾液と一緒に肺に入ると、高齢者の死因の第3位である誤嚥性肺炎の原因になります。お口の中はいつまでも清潔に保つことが大切です。
 「歯科医院に行くのは歯が痛いときだけ」という方も多いと思いますが、一生懸命通院して治した後も定期検診などを受け、私たち歯科医師と一緒に、生活習慣や歯磨きの仕方を改善していきましょう。
 いつまでも元気で生活するために、ぜひ歯科医院を利用してみてください。


保険で良い歯科医療を

 全日本民医連や全国保険医団体連合会などで構成する「『保険で良い歯科医療を』全国連絡会」では、2007年から診療報酬改定に合わせて2年に1度、「保険で良い歯科医療の実現を求める」署名に取り組んでいます。
 歯科では保険のきかない治療もあり、受診抑制の原因になっています。全身の健康にも関わるお口の健康を保つためにも、お金の心配をせずに歯科治療を受けられることが重要です。
 今年度は(1)窓口負担の軽減、(2)保険のきく歯科治療の拡大、(3)歯科医療に関する国の予算の拡大、を求めて署名を呼び掛けています。ぜひ皆さんもご協力ください。
 お問い合わせは全国の民医連加盟事業所、
または全日本民医連歯科部(03-5842-6451)まで。

いつでも元気 2017.10 No.312

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