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2018年1月31日

医療と介護の倫理 「本人の意思を尊重する(2)」

堀口信(全日本民医連 医療介護倫理委員会 委員長)

 脳卒中や骨折で身体機能が低下した場合、入院して初期の治療が終わった後、さらに数カ月のリハビリテーションを続けて自宅への退院を目指します。しかし重い障害が残ったり、家族の介護力が乏しいなどの理由で、自宅に帰れない人もいます。
 医療者が「自宅退院は難しい」と思っていても、本人は慣れ親しんだわが家に帰ることをあきらめきれなかったり、認知症があって自宅への退院が難しい現実を受け入れられないこともあります。
 そんな時、自宅に帰りたいという患者の意思を尊重すべきか、それとも自宅で転倒したり病気が再発する危険を避けるため、介護施設への入所を勧めるべきか、主治医として大いに悩みます。
 前回の胃ろう選択の場合と同様に高齢者や認知症の医療・介護では、本人の意思尊重と安全確保(あるいは延命)のどちらを優先すべきか、問われることがしばしばあります。

施設入所を勧めたけれど

 本人は自宅に帰りたいものの、医療者は安全のため自宅以外を勧めたい場合はどうすべきか、2つの事例を紹介します。
 1人目は90代の女性。大腿骨を骨折してリハビリのために入院しました。車いすに座っていることはできても、いすやベッドに乗り移るには介助が必要です。中等度の認知症もあって、トイレや着替えなど身の周りの動作も一人ではできません。
 同居の息子は介護が不慣れで、骨折前はヘルパーが毎日3回自宅を訪問し、おむつ交換をしていました。家族の介護力が乏しいため、主治医は当初、快適で安全な介護を提供できる施設への入所を勧めました。
 しかし、本人はあくまで自宅退院を希望しました。認知症ですが意思表示はできるため、本人に息子のことをどう思っているのか聞くと「優しい、ありがたい」と答えます。介護が不慣れでも、優しい息子との同居を希望していました。
 このことを息子にも伝え、本人が望む生活を続けられるよう、息子に排泄介助の方法を覚えてもらい、無事に自宅退院となりました。

自宅にこだわる理由

 2人目も90代の女性です。胸腰椎を圧迫骨折し、リハビリのために入院しました。誰かが見守っていれば、物につかまりながら歩けるところまで回復。中等度の認知症はありますが、着替えやトイレの動作は可能で意思表示もできます。同居の息子は若いころからひきこもりで働いておらず、生活は患者である母親に頼っていました。
 主治医は息子が患者を介護するのは難しいと考え、当初は施設入所を勧めましたが、本人は自宅退院を希望しました。理由を聞くと「息子は何よりも大事な存在」と本人の生きがいになっていました。
 退院後も二人が暮らし続けられるように、ヘルパーや訪問看護、往診を入れることで自宅退院を可能にしました。
 2例とも本人の安全のために施設入所を考えたケースです。しかし、自宅への退院をあきらめきれない本人にその理由を聞くと、大切な家族の存在がありました。
 自宅を望む理由は人によって違います。ペットだったり、友人、思い出の品々、家の風景などさまざまです。もし自宅に帰れない時が来ても、本人が大切に思うものを私たちが受け止めて共感する、そうすることで患者さんが癒やされることもきっとあるのでしょう。

いつでも元気 2018.2 No.316

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