MIN-IRENトピックス

2019年8月9日

あすをつむぐ看護

文・奥平亜希子(編集部)
写真・牧野佳奈子

車いすを押しながら患者に笑顔で話しかける伊藤さん(中央) 院内には多くの緑があり、気持ちがいい

車いすを押しながら患者に笑顔で話しかける伊藤さん(中央) 院内には多くの緑があり、気持ちがいい

 定看護師」は日本看護協会の認定資格で、救急や透析、緩和ケアなど21の分野がある。愛知県一宮市の千秋病院で働く伊藤祐子さんは「認知症看護認定看護師」の一人。認知症患者とその家族がより過ごしやすく、そして職員が“その人らしさ”に寄り添えるよう、知識と技術を活かしている。
 千秋病院には294床のベッドがあり、ケガや病気が原因で入院している人が認知症のケースも。「夜眠らず起きている、叫ぶ、暴力を振るうなど、認知症の周辺症状はさまざまですが、必要な治療が行えなかったり、まわりの入院患者さんに迷惑がかかってしまったり、職員のケガにもつながりかねない。ご本人の気持ちが分からなければ“困った患者”になってしまうんですよね」と伊藤さん。
 伊藤さんが認知症看護認定看護師をめざしたきっかけは、以前配属されていた老人保健施設での体験だった。その施設では、医療者側の「病気の治療や衛生状態を良くするために必要なこと」が先行し、「なぜ処置を嫌がるのか」という利用者本人の気持ちには応えられず、ジレンマを感じることがあった。
 自分の思いをうまく伝えられない認知症患者の気持ちを考え続けた伊藤さんは、認定看護師をめざすことを決意。2015年、長野県にある教育機関で8カ月間の研修を受けた。

多職種でつくるサポートチーム

 千秋病院は「認知症サポートチーム」をつくり、多職種で認知症患者に対応している。メンバーは看護師のほか、医師、薬剤師、作業療法士、医療ソーシャルワーカー、介護福祉士など11人。看護の視点だけでなく、さまざまな専門家の知識や技術を合わせて一人ひとりに合ったケアを行う。チームの意見をまとめ、調整することも伊藤さんの大事な役割だ。
 時には患者の家族から、家での様子や困り事を聞くことも。「入院している今の姿がすべてではなく、誰しもこれまでの人生の経験や思い出があります。本人や家族から話を聞くことで、その人の行動の意味が分かる場合もあります」。
 伊藤さんは、認知症患者の思いを汲み取る“通訳者”であり、サポートチームをまとめる“指揮者”でもある。

「さくらんぼ食べに行こう」

 月曜と金曜には病院の食堂を使い、「院内デイ」を開いている。院内デイは、認知症の入院患者を対象に開くデイサービス風の集まりのこと。ここでの様子は各患者のカルテに書き込み、職員で共有。日々のケアに活かしている。
 「少しでも季節感を」と、職員が折り紙で作った花が彩る会場に、車いすに乗った参加者が集まった。伊藤さんは一人ひとりの顔色を見ながら話しかけていく。ある男性には「安全ベルト、外しましょうね」と声をかけて腰を固定しているベルトを外した。「この患者さんは病棟では無表情。でもここに来てベルトを外すと、それだけで表情が出てくるの」と伊藤さん。
 この日は天気もよかったので、みんなで散歩に行くことに。千秋病院の庭にはさくらんぼの木があり、その実がちょうど食べ頃を迎えていた。取った実をその場で食べてみると、控えめな甘さがなんとも優しい。今しか味わえない季節の味覚に、「おいしいね」と笑顔が溢れた。
 散歩を終えて食堂に戻ると、女性患者の手にはさくらんぼの種が。職員が声をかけると「植える」と言い、震える手で大事そうに包んだ。種を蒔いたことを明日には忘れてしまうかもしれない。それでも、「命を育てたい」「さくらんぼをみんなで食べたい」という“生きることへの希望”が、その手に確かに握られていた。
 その人らしく生きる─。それは千秋病院が、そして伊藤さんが大事にしている看護の源。その思いがあすの“生きる”をつむいでいく。

いつでも元気 2019.8 No.334

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