いつでも元気

2006年4月1日

特集2 胃の病気 自己判断せず、受診・検査を

かかりつけ医とよく相談して

「胃」の病気だと思い込んでいませんか?

となりあっている腹部の臓器

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「胃が痛い」と思っても本当に胃が原因とは限らない

 外来患者さんの訴えで多い症状に「胃が痛い」というのがありますが、皆さんが自己診断されている「胃の痛み」には、胃以外の内臓の病気や心因性の病気で起きているものがあるのです。

 医学生が耳にタコができるほど教えられる言葉に、「患者が胃の痛みといってきても、絶対に胃の病気と思い こむな」というのがあります。胃以外の病気を見逃さないための教訓です。もしもそれが胃の痛みであったとしても、痛みをともなう胃の病気は一つだけではあ りません。痛みからすぐに「がん」を心配される方もいますが、良性の病気である可能性のほうが高く、時には単なる筋肉痛であったりします。病気の診断は結 構難しいものなのです。

家庭医学書をみて、病気を正確に診断するのは至難の技

 家庭医学書などでは、まず病気の名前が書いてあって、その後に症状が書いてありますね。ところが診断する際は、当然、症状が先にあります。その症状が出る病気の中から最終的にどの病気なのかを特定していくわけです。

 医師はまず、その症状が出る病気を全部思い浮かべて、経過や診察した結果や検査データなどから該当しない 病気を除外していき、最後に正確な診断にたどり着きます。たまたま家庭医学書で開いたページの病気の症状が、今の自分の症状と同じだからその病気に違いな いと思うのは「早とちり」や「思い込み」であることが多く、誤りのもとなのです。

 家庭医学書が役立つのは、病気の診断が確定してから、その病気に関する一般的な情報を調べるときくらいでしょう。しかも家庭医学書は不特定多数の人を対象に書いてありますので、個別の事情のある場合には役立たないことが多いのです。

 裏話ですが家庭医学書の監修に高名な医師の名前があっても、実際は執筆料稼ぎのために指名された若い医師が書いていることもあると聞いたことがあります。大切なのは、あなたの病気の事情を知っている「かかりつけ医」によく聞くことです。

 いずれにしろ、病気の診断は冷静に考えることから始めなければなりません。そこで、一つの症状でどれくらいの病気が考えられるかの例をあげてみます。

「胃が痛くなる」症状で考えられる病気には何が?

 皆さんも考えてみてください。いくつの病気があげられましたか? はっきりとした痛みでなくても、ムカム カする症状まで含むと、実に多くの病気や原因が考えられます。急性胃炎、慢性胃炎、胃潰瘍・十二指腸潰瘍、胃がんなどのほか、肝臓の病気では肝炎やがんな どがあり、胆のうの病気では胆のう炎や結石やがんなどがあり、膵臓の病気では膵炎やがんなどがあり、腸のさまざまな病気であったり、心筋梗塞などの心臓の 病気であったり、血管が裂けたり詰まったりする病気であったり、寄生虫が原因であったり、妊娠が原因であったり、筋肉痛や神経痛であったり、帯状疱疹(疼 くような痛みをともなう)などの皮膚病が原因であったりします。

 さらに、内臓の病気とは別にストレスなどの心因性の病気で同じ症状が出ることがあります。心因性の場合 は、症状が出てきた過程での生活や労働の背景を分析することが大切です。内臓の病気を疑って検査をしても異常がない場合には、心因性の病気でないかどうか を探ることが必要です。たとえば恋の病で食べ物がのどを通らなくなるのは、胃の病気ではなくて心因性の病気であるのがその典型です。

 では、次に家庭医学書のような書き方になりますが、胃の主な病気について説明していきます。

急性胃炎

 原因は、アルコール、寄生虫やピロリ菌、ストレスなどです。私が経験したストレスの例では、冬山登山で吹雪に遭い、遭難しかかって死の恐怖を体験した方が、下山後に激しい「胃の痛み」が出て胃カメラ検査をしたところ、典型的な急性胃炎がみられたことがあります。

 また、ピロリ菌のついた胃カメラを十分に洗わずに次の方に使用して、ピロリ菌が感染した結果起きることもあります。ほとんどが突発的な上腹部痛を発症しますが、胃カメラ検査で診断できます。治療は原因がわかればそれを除去しつつ、薬や安静、食事療法の併用が一般的です。

 痛み止めの薬(非ステロイド系抗炎症薬と総称します)で胃が荒れて、急性胃炎になる場合もあります。

慢性胃炎

 これはよく聞く病名ですが、正確には胃カメラで胃の表面の粘膜を取ってきて顕微鏡診断(生検といいます)で確定するものです。急性胃炎と違い、必ずしも症状があるわけではありません。

 専門的な表現になりますが、萎縮性胃炎(胃の内側表面の粘膜が薄くなる胃炎)、腸上皮化生(顕微鏡で細胞 を見ると、胃の細胞の並びが崩れて腸の細胞の並び方に似てくること)などは、将来、胃がんの発生に結びつくことがありますので、生検でこれらのような慢性 胃炎と診断された場合は、定期的に胃カメラ検査を受けることが望ましいでしょう。しかし個別性がありますから、慢性胃炎と診断された場合はあなたの「かか りつけ医」とよく相談してください。

胃潰瘍・十二指腸潰瘍

 みなさんにとっては、最もなじみのある病気でしょう。ピロリ菌と痛み止めの薬(非ステロイド系抗炎症薬)が二大原因とされています。

 ピロリ菌が原因の場合は、抗生物質でピロリ菌をなくす(除菌といいます)ことができれば、症状も改善して 潰瘍も治りやすくなり、同時に再発率も低くなります。ただし、抗生物質の効かないピロリ菌(耐性菌といいます)もありますので、すべてのピロリ菌が除菌で きるわけではありません。

 痛み止めの薬は、胃の内側表面の粘膜がもっている潰瘍になりにくい仕組み(抵抗性といいます)を壊してし まうので潰瘍ができやすいとされています。痛み止めは、高齢者に多い関節痛などで長期にわたって処方されることが多い薬ですので、注意が必要です。医師も 潰瘍の発生には注意していますが、関節痛を軽減するためにやむを得ず処方しているのです。

 いずれの原因にしろ、症状としては「胃の痛み」が多いので、自覚症状があるときはバリウム検査や胃カメラ検査を受けましょう。

 痛みを我慢していると潰瘍が進行し、潰瘍から出血したり、潰瘍が深くなって穴があいたりします(穴があく ことを穿孔といいます)。出血すると血を吐いたり、真っ黒い便(タール便といいます)が出たりします。胃や十二指腸から出血した血液は、長い腸を通り過ぎ る間に黒く変色しますので、黒い便が出るのです。穴があいたときは、通常は激痛が発生しますので、この場合も我慢しないことが大切です。

 治療は、ピロリ菌が原因の場合は除菌をすること、痛み止めの薬が原因の場合はその薬を中止することが原則 です。その後、維持療法といって潰瘍の再発予防のためにさまざまな薬を続けます。出血がある場合は、胃カメラを使った出血を止める治療が必要です。胃カメ ラによる治療が不可能な場合は手術になります。

 この他に手術が必要になるのは、穿孔や潰瘍を繰り返したために十二指腸が狭くなり、食べ物が通らなくなった場合などがあります。

胃がん

 日本の患者数は減少しつつありますが、国際比較では相変わらず日本が第1位です。胃がんの原因は不明です が、遺伝子異常と環境要因(食塩のとりすぎ、ピロリ菌の持続感染、喫煙など)が指摘されています。また慢性胃炎の一部の方は胃がんになる可能性があること を考えて定期検査を受けることをおすすめします。一般の方も胃がん検診を受けることで早期発見が可能です。

 診断はバリウム検査と胃カメラでおこないますが、どちらも長所と短所がありますので、ときには組み合わせて検査をする必要があります。さらに、がんが他の臓器などに転移しているかどうかは治療法を決める際に重要ですので、超音波検査やCT検査などをすることも大切です。

 治療は、粘膜などごく浅い位置にとどまっているなどの基準を満たす早期胃がんでは、胃カメラで切り取るこ とができます(内視鏡的粘膜切除術といいます)。この基準を満たさない場合は、普通の開腹手術になります。病院によっては腹腔鏡(腹部に小さな穴を開けて カメラや機材を入れる)で手術しているところもありますが、まだ一般的ではありません。

 この他に、免疫療法、放射線療法、温熱療法、抗がん剤を使う化学療法などがありますが、胃がんといっても治療方法には個別性がありますので、よく考えて結論を出しましょう。場合によってはセカンドオピニオン(別の医師の意見)も求めることをお勧めします。

 不幸にして手術で取りきれない状態で発見されても、最近は化学療法で効果がある例が増えていますので、あなたの「かかりつけ医」によく相談してください。

 注意すべきは、新聞や雑誌の広告に惑わされて、効果のない食品や薬を名乗る商品などに大金や時間、エネルギーを浪費することです。全国各地にある消費生活センター(違う名称のところもあります)に相談しますと、その信ぴょう性が調べられますので利用しましょう。

胃の健康を保つには、政治の改善も必要です

 胃の健康を保つ秘訣をご存知の方は多いでしょう。暴飲暴食はしない、ストレスの発散、規則的な生活と食事時間、よくかんで食べること、濃い味付けや刺激物を避ける、禁煙するなど、ごく当たり前のことです。 

 しかしこれらの生活習慣改善は、社会生活や労働背景の改善がともわないと実現できないことが多く、個人の 努力のみでは難しいことがあります。個人の努力不足ばかりを指摘して、健康の「自己責任論」に転嫁する政府の企てに抗して、政府の責任で健康増進や早期発 見ができる社会づくりを求めていく健康の「自己主権論」の立場が、胃の病気だけでなくすべての病気予防や早期発見・早期治療に必要なことを最後に強調した いと思います。

衛生状態の改善で激減
ピロリ菌の年代別感染率
 (対象は症状のない健康な人)genki174_04_02

胃・十二指腸潰瘍の進行

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胃がんによる死亡者数(人口10万人あたり)
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イラスト・井上ひいろ

いつでも元気 2006.4 No.174

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