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2019年11月8日

映画「誰(た)がために憲法はある」

聞き手・武田 力(編集部)

 安倍晋三首相は9月に第4次安倍再改造内閣を発足させ、憲法改正を「必ず成し遂げる決意」と表明。
 7月の参院選で改憲勢力が“3分の2”を割り込んだにもかかわらず、まったくあきらめていません。
 女優の渡辺美佐子さんが“憲法くん”を演じて話題になった映画『誰がために憲法はある』の井上淳一監督に話を聞きました。

 “憲法くん”ってご存じですか? お笑い芸人の松元ヒロさんが「日本国憲法」になりきって演じるひとり芝居のキャラクターです。
 芝居の中で、「リストラされるかも」と耳にした憲法くんが「現実と理想が違っていたら、現実を理想に近づけるように努力すべきではないか」と問いかけます。
 「戦争をしない」「武力を持たない」と決めた平和憲法の理想を捨てて、日本が軍隊を持って武力行使できるようにする改憲を安倍首相は狙っています。憲法くんという秀逸なキャラクターを松元さんのファン以外にも届けることができたら、もっと幅広い層にアピールできるのではと考えました。
 憲法くんを演じるためには、憲法前文の暗唱を含む12分間もの長い台詞を覚えなければなりません。85歳(当時)の渡辺美佐子さんが引き受けてくれた時には涙が出ました。

初恋の人が被爆死

 渡辺さんは初恋の人を広島の原爆で亡くしています。渡辺さんがそのことを知ったのは1980年、テレビ番組の“ご対面”企画を通して。それも動機のひとつになって、85年からずっと原爆の朗読劇を続けてこられました。
 実は渡辺さんと私の母の誕生日がまったく同じなんです。こちらが勝手に運命を感じて依頼したので、普段なら入念に行う事前の下調べをしていなかった。その初恋のエピソードは、渡辺さんに憲法くんを演じていただいたあと、知人から聞いて知りました。
 渡辺さんの平和への思いに導かれるように、考えあぐねていた映画の後半部分の構想が固まりました。渡辺さんをはじめ、原爆の朗読劇を続けてきた女優さんたちにスポットを当てようと決意しました。
 朗読劇は原爆で亡くなった子どもたちが遺した言葉などで構成されています。驚いたのは、女優さんたちが稽古の時から真剣に涙を流していたこと。30年以上続けている朗読劇ですが、その都度気持ちを新たにして、精いっぱい誠実に死者の言葉に向き合おうとする姿勢が伝わってきました。
 広島のある公立中学校では、女優さんたちと中学生が一緒の舞台で共演しました。その後の懇談でも心と心が触れ合う交流があり、大切な記憶が確かに手渡されたと感じました。

重要な場面をカット

 映画をご覧いただくと分かるのですが、その中学生を映した場面はすべてカットせざるをえませんでした。校長先生をはじめ学校側の理解を得ようと努力したのですが、「(出演した生徒が)いのちを狙われるかもしれない」とまで言われてしまった。
 学校側としては「朗読劇のドキュメンタリーだと思って撮影を許可したら、“憲法を守る”映画だった」ということかもしれません。過剰なリスク回避と忖度が相まって、政治的なことをタブーにしてしまう今の教育現場の現実があります。そもそも憲法について考えることは、政治的でも何でもないのですが。
 私だからこうやって問題を公にして話していますが、テレビなどのマスコミでは、企画の段階で「面倒なことはやめておこう」という配慮が日常茶飯事でしょう。上からの強権的な圧力や規制ではなく、表現の自由を行使する前の段階で萎縮してしまっている。「あいちトリエンナーレ」の展示中止が世間の耳目を集めましたが、これは氷山のほんの一角。この国の表現をめぐる状況に危機感を覚えます。

宇野重吉さんの言葉

 映画の中で、女優の日色ともゑさんが師匠の宇野重吉さんの言葉を紹介しています。NHK朝の連続テレビ小説のヒロインを務めたあと、たくさんの仕事の依頼が舞い込んだ。どうやって何を基準に選ぼうかという時に「その仕事に正義はあるのか」と言われたのだそうです。
 私なりに解釈すると「10年後、20年後、あとから振り返って自分に恥ずかしくない仕事をしろ」という意味ではないかと。とても印象に残った言葉です。
 私自身、この映画の制作を通して、改めて憲法前文に対する理解を深めました。あの時代に、よくぞここまで視野を広げた理想主義を描けたなと思います。私たちはそれに向かって生きようとすればいいのではないか。
 憲法前文に規定された平和的生存権もすばらしいですが、反韓・嫌韓が蔓延する今は「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」の部分が重要です。
 「再び戦争の惨禍が起ることのないやうに」決意して作られた憲法です。みなさんは自分の子どもや孫に語っていますか。「この映画を観てみろよ」でもいい。みなさんと一緒に憲法の理解を深めながら、若者や関心を持ってこなかった人たちにも伝わるような言葉を獲得したいと思います。


映画
『誰がために憲法はある』(69分)
出演:渡辺 美佐子
    高田 敏江/寺田 路恵/大原 ますみ/岩本 多代/日色 ともゑ/長内 美那子/柳川 慶子/山口 果林/大橋 芳枝
監督:井上 淳一
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問い合わせ:太秦株式会社
http://www.uzumasa-film.com/
Tel.03-5367-6073
[平日午前11時~午後7時]

いつでも元気 2019.11 No.337

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