MIN-IRENトピックス

2020年11月30日

ともしびは消えず

文・藍原寛子(ジャーナリスト) 写真・島崎ろでぃー

 9月30日、午後6時50分。「うたごえ喫茶ともしび新宿店」に、最後の歌「いつでも夢を」のイントロが流れる。集まった客や店のスタッフ全員に万感の思いがよぎる。
 “うたごえ喫茶”発祥の東京・新宿で1954年から営業が始まって66年、三丁目の雑居ビルに店を構えて36年。新型コロナの影響で、9月いっぱいでこの場所での営業を終えた新宿店。
 この日もインターネットの動画配信があり、サイトのコメント欄には次々とメッセージが。「いいなあ、この空間」「涙が止まんないよー」「『うたごえ』は平和の力、生きる力。この火は絶対に消さない」―。
 店内にはピアノやアコーディオンの生演奏と来店客のハーモニーが響き合う。「36年間、ありがとうございました。新しいお店でお会いしましょう。そしてまた、一緒に歌いましょう」。大切な、大切な“約束”が響いた。

始まりは1950年代

 うたごえ喫茶が新宿で生まれ全国に広がったのは、戦争が終わり自由に歌える時代が来た1950年代。「シベリア物語」など、劇中に合唱シーンのある数々の映画がヒットし、集まって歌うことが大ブームに。また、都内には“金の卵”と呼ばれた集団就職の若者が急増。うたごえ喫茶は地方の若者たちを孤立させまいと、声を掛け合い集まって歌う場所になった。
 労働歌から童謡、反戦歌、ロシア民謡、最新のヒット曲などリクエスト曲を、ピアノとアコーディオン、ハーモニカ、トランペットの生演奏に合わせて歌う。リーダーと呼ばれる司会や歌い手を中心に、会場一体となったハーモニーと楽しい会話が続く。
 朝鮮戦争、安保闘争、ベトナム戦争と社会の激動のたびに、歌われる曲も変わった。60年代からは上條恒彦さん、ダークダックスなど、多数のメジャー歌手を輩出。カラオケの登場、駅前再開発による移転など何度も厳しい状況をくぐり抜けて新宿店は営業を続け、国内から海外までうたごえ喫茶の文化を広げてきた。

震災被災者も励ます

 人々の心に明かりを灯し続けてきた新宿店をコロナ禍が襲った。4月の緊急事態宣言とともに休業。動画を通して一緒に歌う「うたごえライブ」を初めて配信した。緊急事態宣言解除に伴い、6月からは完全予約制で昼の時間帯だけの営業再開にこぎつけた。
 「感染予防を徹底し、何とか続けてきました」と語るのは、店でリーダーを務めるボーカルの吉田正勝さん(福島県浪江町出身)。
 吉田さんは2011年の東日本大震災後、連れ合いで司会・ボーカルの小川邦美子さん、アコーディオンの中西たみこさんらスタッフとともに被災地を訪問。「浪江町の校歌を歌う会」や岩手県の三陸鉄道、福島県の仮設住宅などで出前うたごえを開き、被災者を励ましてきた。
 吉田さんらスタッフは店内のアルコール消毒、定期的な換気、透明カーテンの設置、マスクやフェイスガードの着用、歌詞をモニターで投影して歌集を共用しない―など、徹底した感染予防対策を取った。
 しかしその後も、出前公演や「オペレッタ劇団ともしび」などの派遣はキャンセルが続き、その間にも家賃や人件費などの固定費は出ていく。あらゆる補助金を活用しても、9月末までにコロナの“被害額”は6500万円に上った。

募金は4000万円に

 店は危機を乗り切ろうと「ともしび支援募金」を開始。全国から来店した2万人以上の顧客をはじめ、出前公演を開催した各地のグループ、うたごえ友の会や山の歌の会など、つながりのある人々や団体へ協力を呼び掛けると、6月半ばまでに2700万円の募金が集まった。これでホッと一息、なんとか存続の光が見えてきたか…というまさにその時、衝撃的な出来事が。
 7月に新宿の小劇場でクラスターが発生、8月にはともしび団員の陽性が判明した。スタッフで話し合いを重ねた結果、ビルの建て替えでかねてから立ち退きを打診されていたこともあり、移転を見すえて一時休業を決断した。
 ともしび社長の斎藤隆さんは「肩を寄せ合い歌うことで、一体感を味わえるのがうたごえ喫茶の良いところ。それを全部否定したコロナが憎い」と言う。
 「お客さんからは『ともしびがなくなったら、どこに行ったらいいの』との声も。私たちが考えている以上に、たくさんの方の心のよりどころとして大切にされてきたことを実感。感謝でいっぱいです」と斎藤さん。募金は9月末までに全国約2000人から4000万円近くにのぼった。メールや手紙で再開を望むメッセージも届く。

うたごえは生命の文化

 斎藤さんは「再開を期待して支援を寄せてくださったお客様に応えたい。移転先は未定ですが、コロナが収束した頃に良い物件が見つかり営業が再開できれば」と展望する。
 今後は出前公演や音楽講座を小規模な集いにも届けながら継続。東京・豊島区の稽古場を改修し、「スタジオ・アガニョーク(=日本語でともしび)」として少人数の集いやネット配信の拠点にする計画も進む。
 うたごえ喫茶の仲間は、今回の経験を通してつながりを一層強くした。多くの人々の手で長い時間をかけ、うたごえ喫茶は生命の文化として既に人々の人生に灯っている。コロナ禍でも私たちは生きる。生きている限り、うたごえ喫茶のともしびは決して消えることはない。

支援募金、公演情報などはインターネットで「うたごえ喫茶ともしび」と検索

いつでも元気 2020.12 No.349

お役立コンテンツ

▲ページTOPへ