いつでも元気

2022年4月28日

けんこう教室 
認知症はよくなりますヨ(下)

 『認知症はよくなりますョ』(本の泉社)の著者で4年間にのべ約1万人を診療してきた稲葉泉医師が語る認知症のしくみ。
 3回連載の3回目は、認知症の予防について説明します。

北海道
道東の森総合病院
稲葉 泉
1984年、東京医科大学卒業。脳神経外科専門医。道東の森総合病院(北海道北見市)の物忘れ外来で、4年間にのべ約1万人を診療。金町駅前脳神経内科(東京都葛飾区)でも診療している。著書に『認知症はよくなりますョ~患者と家族のこころを支える治療とケア』(本の泉社)

 前回は実際の診療場面から、認知症の治療について説明しました。私は認知症に至る前の「軽度認知障害(MCI)」の段階から、医療が積極的に介入すべきと考えています。
 軽度認知障害の方の場合、普段の生活に支障はないため、周りの人には気づかれにくいものです。物忘れがたびたび起こりますが、単なる老化による物忘れではありません。
 例えば料理をしている時に宅急便が届いて、キッチンを離れるとします。荷物を受け取ってキッチンに戻った際、それ以前にやっていたことを思い出すのに時間がかかります。若い頃の思い出話を繰り返し話したり、物事を順序立てて行う料理などが難しくなることもあります。

なるべく早めの受診を

 これらの軽度認知障害の兆候は、本人に自覚があるのが特徴です。そのため、身近な人から「また忘れている。しっかりして」などと強く言われたり、叱られたりすると自尊心が激しく傷つきます。口数が減ったり、落ち込んだりするのは当然の成り行きと言えるでしょう。
 口数が減ると脳を使わなくなるので、ますます認知機能が低下します。「本人が最もデリケートな状態に置かれている」ことを、ご家族や周りの方はぜひ知ってほしいと思います。
 最も大切なことは、早期の段階であれば、認知症へ進むのを阻止できるということです。「以前と比べて物忘れが多くなった気がする」など、本人やご家族が気付いたらなるべく早めの受診をお勧めします。
 受診の際には、本人の普段の様子をよく知っているご家族などの話がとても役に立ちます。物忘れが多くなったのはいつ頃か、睡眠時間や食事内容、既往歴などを教えてください。飲んでいる薬がわかる「お薬手帳」も必ず持参してください。

認知症と生活習慣

 認知症の患者は、2025年には国内で700万人を超えると予想されています。また軽度認知障害の人は465万人とも言われ、認知症は一部の特別な人の病気ではなく、生活習慣病の一つと認識されるようにもなっています。
 認知症の背景として、実にさまざまな要因が絡んでいることが分かってきました。認知機能を低下させる危険のあるものや行動をにまとめました。ストレス、食事内容、睡眠不足、腸の乱れといった生活習慣に関わることが目につくと感じた方も多いと思います。
 思い当たる項目が多い人ほど要注意です。できることから改善していきましょう、

予防と養生に役立つ5カ条

 認知機能低下を防ぐ「稲葉流養生生活5カ条」を紹介します。認知症予防にも役立ちますし、認知症を患っている方のご家族にもぜひ理解していただきたい内容です。
(1)毎日、出かける予定を立てる
 認知機能低下を防ぐために必要なのは「キョウヨウとキョウイク」です。「教養と教育」ではありませんよ。「今日用事があること、今日行くところがあること」が大事です。
 これらは身体と頭の両方を使うので、筋力を維持するためにも打ってつけです。日中は太陽を浴びて運動するように心がけましょう。メリハリのある生活が大切です。
(2)薬に頼りすぎない
 多剤服用(ポリファーマシー)の問題や、抗認知症薬の間違った投与が認知機能を低下させてしまうことは、連載の中で繰り返し述べてきました。
(3)腸をととのえる
 最近は「腸脳相関」という考え方で認知症を捉え、予防や治療を行う医療者も出てきました。栄養分は腸壁から吸収されて脳へ運ばれますが、便秘や薬の飲み過ぎで腸内環境が悪くなると、有害物質が脳に運ばれて認知症の原因になるというものです。
 食事は豆、ごま、わかめ、野菜、魚、シイタケ、芋を積極的に摂りましょう。「ま・ご・わ(は)・や・さ・し・い」と覚えてください。
(4)ストレスを発散し、良い睡眠を
 毎日強いストレスにさらされていると、認知機能は低下します。日々上手に発散させましょう。本人がストレスをうまく発散できないようなら、気分転換をできるようにご家族が働きかけてください。
(5)会話のある笑顔の家庭を
 認知機能が低下すると物忘れが出てくるため、会話が成立しづらい生活になりがちです。ご家族はなるべく楽しい話題を提供してください。
 また、笑いは免疫力を上げる効果が証明されています。意識して笑うことをお勧めします。

海外での取り組み

 2016年11月に発行されたアメリカの医学誌(「JAMA Internal Medicine」)では、高齢者の認知症発症率は低下していると報告されています。イギリスをはじめヨーロッパの研究でも、同様の結果が出ています。
 海外では認知症の捉え方が「治らない病気」から「予防できる/治せる(治す)病気」へと変化しているのです。私たちが学ぶべき重要なポイントでしょう。ここではイギリスの例を紹介します。
 イギリスでは一般の家庭医が患者さんを診療し、必要と判断すれば専門医を紹介する仕組みです。国民健康サービス(NHS)からすべての人に原則無料で、疾病予防やリハビリテーションを含めた包括的な医療サービスが提供されています。
 注目したいのは、生活習慣病の予防から認知症を減らしてきた実績があることです。2005年からは認知症予防のために、心臓病の治療を行う取り組みがスタートしました。これは禁煙対策や減塩の推進などの予防医療に対して、診療報酬が支払われる仕組みです。
 イギリスは国を挙げて減塩に取り組んだことでも注目されます。国が食品メーカーに働きかけて、パンの場合3年間で10%の減塩に成功しました。
 私は日々の診療を通して、認知症は生活習慣と深く関わっていることを実感しています。一般の家庭医を中心に、予防医療に重点を置くイギリスの取り組みは見習うべきところが多くあります。

 3回にわたって、認知症医療の現状と予防について話してきました。
 医師は常に客観的に診る力が要求されます。しかし、認知症診療は主観である当事者意識も必要で「患者さんから学び、自身も成長すること」が必須だとつくづく感じます。
 みなさんの認知症に対する見方や日常生活の改善に役立つ内容だったでしょうか。新型コロナウイルスの脅威を払拭できない現状を考え合わせながら、早く「澄み切った空気と青空を取り戻したい」と思っています。


〈著者の書籍紹介〉

『認知症はよくなりますョ
 患者と家族のこころを支える
 治療とケア』

著者:稲葉 泉
出版社:本の泉社
定価:1320円(税込)

いつでも元気 2022.5 No.366

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