いつでも元気

2023年2月28日

けんこう教室 
わかりやすいうつ病治療

 うつ病の治療指針をやさしく解説した『当事者・家族のためのわかりやすいうつ病治療ガイド』が話題です。
 執筆者の一人で杏林大学医学部の坪井貴嗣准教授に寄稿していただきました。

杏林大学医学部 精神神経科学教室 准教授 坪井 貴嗣

杏林大学医学部
精神神経科学教室 准教授
坪井 貴嗣

 日本のうつ病の患者数は約120万人と言われています。2013年には厚労省が、うつ病を含む精神疾患をがんや糖尿病と並ぶ「5大疾病」に位置づけました。
 12年、日本うつ病学会は初めての「うつ病治療ガイドライン」を作成しました。これは米国精神医学会の「精神疾患の診断・統計マニュアル第5版(DSM-5)」に準拠して、科学的な根拠に基づいてまとめた治療指針です。その後、13年と16年に改訂(19年に序文を追記)されて現在に至っています。
 医療におけるガイドラインとは、病気を抱えた当事者と医療者の意思決定を支援する目的で作られます。診療過程で生じる複数の選択肢を示しながら、最適な検査や治療法を決定していく道標となるものです。

やさしく解説

 現在の「うつ病治療ガイドライン」の序文には、次のように書いてあります。
 「治療方針の決定において、当事者や家族、専門家と共に双方向性に決定する手法Shared Decision Making(SDM:共同意思決定)が広まりつつあるが、本書はこのSDMをより円滑に進めるための情報提供の役割も担う。」
 うつ病治療では、医療者が一方的に方針を決めて進めるのではなく、当事者と話し合って一緒に決めるSDMが世界的な潮流です。そのことを踏まえて「うつ病治療ガイドライン」は、当事者やご家族にも広く使われることを意図していました。
 ただ実際に読んでみると、専門用語が多くて分かりにくく、「途中で挫折してしまった」という声があがるのも無理はありません。
 そこで私たちは、地域精神保健福祉機構(コンボ)や当事者などのご協力をいただいて、『当事者・家族のためのわかりやすいうつ病治療ガイド』を作成しました。
 専門的で難しい「うつ病治療ガイドライン」の中から、当事者やご家族に必要な部分を抜き出して、やさしく解説しました。イラストや図表も多く用いて、理解を助ける工夫もしています。また、当事者やご家族から寄せられた質問に専門家がお答えする章を設けて、より身近で役立つ内容にしました。

一緒に決めるSDM

 古くは医療者が独断で、当事者にとって最善と考える治療を決定していた時代がありました。その後「インフォームド・コンセント」という考え方が登場し、説明と同意が重要だとされました。そこでは医療者がさまざまな治療法について十分に丁寧な説明をし、当事者が納得した上でどれを選択するかを決定します。
 この方法は一見よさそうに見えますが、うつ病の当事者にとってはどうでしょうか。気分が落ち込んで思考力も落ちている時には大変な負担であるうえに、責任をすべて押しつけられるようで冷たい印象を抱くかもしれません。
 そこで出てきたのがSDM(共同意思決定)です。SDMとは「当事者と医療者が、選択可能なさまざまな治療案について情報を双方に共有して話し合い、当事者の好みや考え方、生活などにそった最適な選択をともに行っていく過程」のことです。
 うつ病の治療において、SDMの有用性が科学的な根拠をもとに証明されており、国際的にもその重要性が広く認識されています。ぜひ『ガイド』をSDMにご活用いただきたいと思います。

治療開始後の二つの柱

 『ガイド』では、うつ病の診断基準を説明したうえで、軽症・中等症・重症のそれぞれの治療について述べています。さらに精神病性うつ病や児童思春期のうつ病、睡眠障害とその対応などについて章を立てました。
 うつ病の当事者は自分のことを「なまけているのではないか」と疑ったり、「性格なのでどうしようもない」などと判断して、医療につながるのが遅れてしまうことがあります。うつ病はこころの中で起こっている病気なので、当事者も周りも理解しづらく、時に受け入れにくい場合もあるのです。
 治療を開始するにあたって、医療者は当事者の訴えに耳を傾け、苦悩に共感する姿勢を示すこと(支持的精神療法)が重要な柱の一つです。また、現在の症状や改善までの見通し、治療の選択肢とそれぞれの特徴などを説明して、当事者が積極的に治療に関われるように導きます(心理教育)。軽症うつ病の場合は、この二つの柱で効果が不十分だったり当事者が希望する時に、薬物療法や精神療法を検討します(資料1)。
 『ガイド』では抗うつ薬の選択や、用いる際の原則について触れました(資料2)。また、おすすめしない治療についても述べて、もしそのような治療がなされている場合には、理由や目的を医療者にたずねるよう促しています。

当事者のサポーターに

 昨年2月、世界精神医学会は医学雑誌「LANCET」に、うつ病の解決に向けて各方面の人々が一致団結すべきという声明を発表しました。そこには「早くから援助を求める・すすめる」「家族や友人など信頼する人たちと話し合う」「うつ病で悩む当事者のサポーターになる」ことが、地域社会にとって重要と述べられています。
 また2022年度から学習指導要領が改訂され、高校の保健体育でうつ病などの精神疾患について教えることになりました。うつ病について正しい知識を身につけ、社会的な対策に関心を持つことが、一人ひとりにできる第一歩だと思います。
 うつ病の当事者やご家族だけでなく、すべての方々に『ガイド』をお読みいただき、当事者が希望をもって暮らせる社会になることを祈っています。


当事者・家族のための
わかりやすい
うつ病治療ガイド

編集:日本うつ病学会 当事者のための
   ガイド小委員会
発行:認定特定非営利活動法人
   地域精神保健福祉機構(コンボ)
※ご注文はコンボへ
Tel.047-320-3870
Fax.047-320-3871
ホームページからもご注文できます

いつでも元気 2023.3 No.376

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