いつでも元気
2023年3月31日
戦争とは何か①
ロシアのウクライナ侵攻から、2月24日で1年。
戦争はいまだ終わらず、ウクライナ、ロシア双方に多くの死者が出ています。
ウクライナの隣国、ポーランド在住のルポライター丸山美和さんが、現地から3回連載で戦争について考えます。
筆者はポーランド南部のクラクフで暮らしている。ポーランドにとってウクライナは身近な存在だが、昨年2月、ロシアが全面侵攻し生活が一変。多くの難民がポーランドに逃れてきた。私は大学講師の仕事の合間に激戦地の人道支援に同行し、クラクフでも難民の人々に会い取材を続けてきた。
本稿では3回連載で、前半はポーランドから見た隣国ウクライナの歴史的立場と、ウクライナとポーランドとの関係を紹介。2回目以降はなぜ戦争が起き、戦争を起こさせないために国民はどうすればいいのかを、日本人の立場から考える。
日本から見た両国の地理
クラクフで毎日、私は日本との違いを感じながら生活している。言葉の違い、気候の違い、食文化の違い。挙げればきりがないが、最も大きな違いは地理だ。
日本は四方を海に囲まれた島国のため、陸続きの国境がない。欧州で暮らしていると、改めて日本という国が特異な条件下にあることに気づく。
ウクライナの面積は日本の約1・6倍でポーランドの2倍。国土の形は東西に広がっており、西部と東部では文化や言語が異なる。西部の大都会・リビウは第二次世界大戦までポーランド領で、住民はウクライナ語を話す。東部の日常会話はロシア語だ。
昨年10月、難民支援のためにウクライナを東西に横断したが、片道だけで1日以上かかった。道中は「永遠に続くのか」と思うほどの、雄大な平原が広がっていた。
ポーランドとウクライナとの国境は、南部に共有するカルパチア山脈以外はほぼ平坦だ。ウクライナとロシアの国境も同じで、交易や旅行などで行き来するのに遮る地理的条件は何もない。
人々は電車やバス、自家用車を使い、気軽に行くことができる。特にバスの運行が頻繁で、一日数十本も往復し乗車料金も安い。
それに引きかえ、日本から外国へ行くのは、ひと苦労もふた苦労もある。まず陸路が無理。隣国の韓国以外の旅行手段は、ほぼ飛行機に限られ費用もかかる。
ウクライナは国境の検問さえなければ、ロシアからもポーランドからも簡単に出入りができる。こうした地理的条件が、国の歴史を考えるうえで欠かせない視点となる。
歴史の光と影
ポーランドの歴史には強烈な光と影がある。
10世紀に世界史上に姿を現したポーランド王国は、14~16世紀に隆盛を極めた。一時期は欧州随一の国土面積を誇り、北はバルト海、南は黒海まで達した。特筆すべきは、モスクワを占領したこともあるのだ(1610年~12年)。
その後、ロシアなど近隣諸国の台頭が自国の政治混乱と重なり、世界地図から2度も国土が消えた。ナチスドイツの占領下では、アウシュヴィッツ絶滅収容所も建設。戦後はソ連の衛星国になり、暗黒の時代はなおも続いた。数々の辛酸をなめながら、民主革命を勝ち取ったのは1989年。栄枯盛衰が激しく、ドラマチックでくっきりとした輪郭を持つのが、ポーランドの歴史だ。
しかしウクライナは少し違う。オスマン帝国、モンゴル、ポーランド=リトアニア連合、そしてロシアと、つねに超大国に挟まれていたことで、じつに数百年もの間、苦難の道のりを歩んできた。
国民の愛唱歌も、ポーランドとウクライナは大きく異なる。ポーランドの場合、国歌「ドンブロフスキのマズルカ」がその象徴で、民族舞踏マズルカのはつらつとしたリズムに乗り、誇り高く歌い上げる。
数カ月前、音楽好きの友人に誘われ、クラクフで行われた国民歌謡祭に出かけた。長く歌い継がれている歌謡曲は総じて勇ましく、聴く人を鼓舞させるものが多い。国民的愛唱歌のイントロが流れると観客は立ち上がり、胸に手を当てて聴く人もいれば、涙をぬぐう人もいた。
それに比べてウクライナの歌謡曲は、祖国を憂えるものや、家族や仲間を戦争で亡くした痛切な慟哭を、もの悲しくも美しい調べに乗せたものが多い。この1年、よく耳にするようになったウクライナ国歌にも、似たような印象を持つ読者が多いだろう。
両国の言語は、文法や使用単語など共通する点が多いが、ポーランド語は「シュ」「チ」「シ」「ヂ」「ジュ」「チェ」などの発音が多く、流れがバキバキと折れて硬い。一方、ウクライナ語の発音は柔らかく、歌うようななめらかさがあり、話し言葉は一定の音程を保っている。
クラクフの中心部では時々、ウクライナからの難民が戦争に反対する集会を開く。祖国の愛唱歌を合唱しながら、感極まって涙を流す人もいる。
このように、ポーランドとウクライナは、全く異なる歴史的背景を持つ隣国だ。それぞれ歌い継がれた歌に、それぞれの国民が思いを乗せて涙を流す。
しかし涙の源泉をたどれば、2つの国は同じ記憶にたどり着く。それは、「戦争と他国による支配の悲しい記憶」である。
文・写真 丸山美和
ルポライター。ポーランド国立ヤギェロン大学比較文明学科講師
栃木県宇都宮市出身
いつでも元気 2023.4 No.377
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