いつでも元気

2008年2月1日

特集1 利益2兆円のトヨタで月100時間超すタダ働き 内野健一さん過労死裁判 7回忌を前に全面勝訴 林 克明 ジャーナリスト

 トヨタ自動車堤工場(愛知県豊田市)で働いていた内野健一さん(当時30歳)は、二〇〇二年二月九日未明、工場内で残業中、倒れて死亡した。妻の博子さんは、月に一四四時間を超えていた残業を業務外とした労働基準監督署長を相手に、決定取り消しを求めて提訴。
 昨年一一月三〇日、名古屋地裁でいい渡された判決は、原告の主張をほぼ全面的に認めた画期的なものとなった。
 「二兆円企業」トヨタの常識が崩れ、現社員だけでなく、今後日本の産業界に大きな影響を及ぼす可能性がある。

ほかのトヨタ社員のためにも

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勝利判決を受け、支援者にあいさつする内野博子さん(11月30日、名古屋地裁前=撮影・安藤正康)

 トヨタにはいわゆる残業に加え、「自主活動」と呼ばれる賃金のつかない無償労働がある。俗に“サービス残業”といわれるが、トヨタでは「これはやらなければならない業務だが、仕事ではない」と労働者自身がいうのである。巧妙で過酷な労務管理が徹底している。
 妻の博子さんは、三歳の娘、一歳の息子を抱えて残された。豊田労働基準監督署に、夫の死は労災だと申請したが却下され、愛知労働者災害補償保険審査官へ 審査請求をしたが、これも棄却。労働保険審査会へ再審査請求しても結論が引き延ばされていたため、健一さんが亡くなって二年半後の〇五年七月に提訴したの だ。
 「夫は、会社のために家族のために一生懸命働いていたんだ、このことが認められたのがうれしいです。今でもトヨタでは、サービス残業に苦しめられている 人たちはたくさんいますが、会社組織とのしがらみのなかで、何もいえないでいる場合が多いと思います。今回の判決が、そうした人たちにとって、少しでも助 けになればと思っています」
 名古屋地裁の判決が出た翌週の一二月五日、博子さんは東京有楽町の日本外国特派員協会での記者会見で、こう語った。今回の判決が、ほかのトヨタ社員のためにもなってほしい、という思いである。
 博子さんは、これまでの苦しい闘いや、疲労困憊した夫のトヨタ内での働きぶりについて、あらためて振りかえった。

天国の夫ゆっくり休ませてあげたい

生体リズム壊す変則勤務

 健一さんが倒れたのは、夜勤の残業中だった。午前四時すぎ、上司のそばで突然心臓が止まり、救急処置もできない工場の救急車で運ばれて、亡くなった。
 新婚当初から、普通のサラリーマン生活を送れたわけではない。
 その理由のひとつが変則勤務だ。
■早出は午前6時25分~午後3時15分
■遅出は午後4時10分~翌日午前1時

 これだけでも生体リズムを崩す。同じ時間働いていても、九時~五時の体制で残業がつくのとは、疲れ方がまったく違う。完全な昼勤務と夜勤であればリズムもつけやすく、家族と顔を合わせる時間もできる。博子さんはいう。
 「始業時間が朝六時すぎの週は四時に起き、(遅出で終業の)定時が夜中の一時という週は、夜中に帰るのが普通で、最後は日が明けてから帰ってきました。こんなめちゃくちゃな勤務体系の中で夫は、家族や地域社会とのかかわりを犠牲にして働きました。
 車体部の品質検査係として常に不具合がでないように調査し、苦情の電話が来るたびに前後の工程へ駆けつけて、頭を下げながら対処するというストレスのた まる仕事でした。当日も、連続する不具合で後工程の上司数名から怒鳴られ、顔をこわばらせて詰め所に戻ったのを上司が見ています」

品質管理も新人教育も業務外

 「ライン残業後はサービス残業として、QC(品質管理)サークル活動報告書の作成、創意工夫提案書の作成、交通安全リーダーとしての会合や報告書の作 成、新人教育、EX(エキスパート=班長)会広報としての準備作業、組合の職場委員としての労務管理などさまざまな役割が与えられていました。トヨタで は、これらが『賃金のつかない業務』として黙認されている異常な状況があります。厚生労働省からも指導していただきたいです」
 この説明だけでも、製造ラインの仕事以外の負担が相当なものだったと推察できる。まず、ラインの作業がある。そしてラインの仕事の残業がある。
 博子さんが語ったのは、さらにそれ以外に課せられていた業務である。亡くなった健一さんは自宅でも仕事をし、パソコンが朝六時ころに更新されている。
 こうした仕事をトヨタは自主活動と称し、賃金を払ってこなかった。自主的だから業務ではないといってきていたのだ。今回の裁判は、このような「自主活 動」が業務にあたるか否かが争点だった。そして判決は、業務であると認定したのだ。ということは、トヨタはこれまで従業員にタダ働きさせていたということ になる。

自主活動という名で残業おしつけ

労基署ぐるみで会社と癒着

 「夫は、同僚から『早く帰らないと体こわすぞ』といわれるほど、誰から見ても過労の状態でした。家でも『寝る時がいちばん幸せ』と布団に潜り込みまし た。死亡前一カ月間の残業時間を計算すると一四四時間にのぼり、堤工場の人事担当者はこのうち一一四時間を認めたのです。労災の認定基準に合っています」
 会社の現場が月一一四時間も残業していたのを認めているのに、その現場を知らないはずの豊田労働基準監督署は、労災を認めなかった。なぜか。
 「とんでもない汚職による理由が、後に明らかになりました。私が労基署に労災申請をした二〇〇二年と却下された〇三年、労基署長は課長らや職員、そして相談員とともに、ゴルフの割引券を大豊工業という自動車部品メーカーから提供され、何度もプレーをしていました。
 国家公務員倫理規程違反です。さらに、そのメーカー出身の相談員はメーカーの従業員からの相談内容を企業に漏らしていました。国家公務員守秘義務違反です」
 ここまでくるとあきれるほかはない。博子さんが労災申請をした時期に、労基署が会社と癒着していたのだから…。
 「つまり、(労基署が)組織ぐるみで自動車関連企業と癒着していて、親会社であるトヨタの労災に関しては結果ありきの調査だったのです。私は労基署を信用して、夫の過重な業務内容について訴えてきましたが、女一人、バカにされた思いでいっぱいです。
 いたずらに業務外にして審査を長引かせた結果、幼い子をかかえた遺族が、どんなにつらい思いを持ち続けたか理解してほしい。〇三年時点で、豊田労基署が認定基準に照らしてきちんと調査をして、業務上の判断を出してくれていたらと思うと、やりきれません。
 この不祥事に関しては、豊田労基署長をはじめとする課長ら一一人が、減給や戒告処分を受けました。ですから、管轄責任のある厚生労働省は、早急に原処分庁の決定(労災申請の却下)を取り消し、業務上認定をするべきです」
 「二月が夫の七回忌です。天国の夫にも、本当にゆっくり寝られるようにしてあげたいです。国は控訴しないで判決を確定してほしいです」

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小グループ話し合い実施シート。社員の交通事故を避けるため、毎日交通安全運動がおこなわれ、リーダーだった内野さんはグループ内の書類を全部まとめていた。トヨタはこうした業務もすべて「自主活動」と主張した

 

「ストレスの高い仕事だった」と

 判決では、原告側主張がほとんど認められた。残業に関しては、博子さんが記録していた亡くなる前の月一四四時間のうち一〇六時間が認められた。被告側は「会社にいたのは雑談のため。実際の残業は四五時間程度」と主張していたのだ。
 トヨタがいう“自主活動”に関しても、判決は、創意工夫提案書作成、QCサークル活動、EX(班長)会の役員としての社内活動を業務として認定した。交通安全活動も同様である。
 つまり「社員が自主的にやっていることだから業務ではない」と、トヨタや既存労働組合が主張してきた“無報酬の業務”は、きちんとした業務であると認められたのである。
 しかも、亡くなった内野健一さんの仕事である品質管理の業務内容は、ストレスの高いものだとも認められた。
 「これだけではありません。深夜業務を含む変則二交代制の勤務体系も、健康を害すると指摘されました」(田巻紘子弁護士)
 一二月一四日、国は控訴せず、判決は確定した。「世界のトヨタ」の生産方式そのものに下った判決。この影響は、トヨタ一社にとどまらない。他の自動車 メーカー、他の製造業、ひいては日本型企業全般に及び、過労で心身を蝕む膨大な人々の苦しみを和らげることにつながる。
 内野さん一家は、夫であり父であった健一さんを失い大きな苦しみを負うことになった。だが、健一さんの死と博子さんの闘いによって得られた判決は、多くの人々を救うのではないだろうか。

■筆者の近著に『トヨタの闇~利益2兆円の「犠牲」になる人々』(共著・ビジネス社)、『プーチン政権の闇』(高文研)など。

トヨタ自動車の配当と平均年間給与の推移

決算期

営業利益
(百万円)

1株配当
(円)

一人あたり平均
年間給与(円)

平均年齢
(歳)

2003.3

1,363,679

36

8,056,000

37.2

2004.3

1,666,890

45

8,222,000

36.9

2005.3

1,672,187

65

8,160,000

36.7

2006.3

1,878,342

90

8,047,000

37.0

2007.3

2,238,683

120

7,995,000

37.0

営業利益は2兆円を超し、株の配当は5年で3倍以上に。しかし社員には
還元されない

いつでも元気 2008.2 No.196

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