いつでも元気

2008年6月1日

特集2 アルツハイマー型認知症 タッチパネルで早期発見が可能に 根本治療も夢ではなくなった

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浦上克哉
鳥取大学医学部教授

 皆さん、いちばんなりたくない病気は何ですか? 40代以上の方にアンケートをとると1位はがん、2位が認知症ですが、65歳以上の方にうかがうとトップは認知症です。
  認知症は、大部分が65歳以上で発症します。65歳以上で認知症の人は10人に1人にもなります。
  認知症には脳血管性(脳血管障害がもとで起こる)、レビー小体型(脳の神経細胞の中にレビー小体という特殊な物質ができて起きる)などもありますが、ここ では認知症の半分をしめるアルツハイマー型認知症についてお話ししましょう。

早期からの薬服用が効果的

 下の写真は、アルツハイマー型認知症の方が亡くなった後、脳を顕微鏡で観察したものです。茶色のシミがいっぱい脳の中にできています。アミロイドβタン パクという物質が沈着したものです。アルツハイマー型認知症の原因ははっきりしていませんが、アミロイドβタンパクが沈着するところから始まることがわ かっています。次にタウタンパクという物質が沈着し、神経が変質して神経細胞死が起こり、認知障害が起こるといわれています。
 唯一の治療薬はアリセプトです。完治はしませんが、減った脳内のアセチルコリンを増やして神経の信号伝達をよくし、物忘れを改善します。

図1 アリセプト長期投与中の知的機能の変化(ADAS-cog)
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 薬を使わずに何もしないまま経過を見た場合は認知症はどんどん悪くなります。アリセプトを服用すると約1年の「改善期」があり、その後は悪くなっていきますが、その速度はゆるやかです(図1)。薬をやめるとあっという間に悪くなります。
ところで、誰が見てもアルツハイマー型認知症だとわかるような人は、脳内のアセチルコリンを生み出す神経細胞がすでに8割程度も壊れています。こうなると アリセプトの効果も長く続きません。アリセプトはアセチルコリンを生み出すのではなく、残った神経細胞がつくり出したアセチルコリンが分解されるのを遅く する薬だからです。逆に早期のアルツハイマー型認知症(軽度認知障害)の段階から使えば大きな効果が期待できます。早期発見が重要なのです。

持ち運びも便利な検診器械

genki200_04_03 早期発見には何が有効か。胃がんは胃カメラで発見でき、早期発見をすればほとんど完治します。同じように認知症も早期発見すればよいと考えました。
 しかし認知症には早期発見するよい器械がありませんでした。そこで私たちはコンピューターを使ったタッチパネル式の器械を開発しました。画面を指でポン ポンとさわり、聞かれた質問に答えるだけの簡単なものです。最初は「桜」「梅」「電車」など3つの言葉を声に出して覚えてもらいます()。
 次に月日、曜日、年を聞きます。日にちは毎日変わるので、自分の状況を把握する力(見当識)がしっかりしてないと答えられません。
 空間認知能力も試します。見本の絵と同じ絵を、5つの中から選びます()。立方体も模写してもらいます。アルツハイマー型の方は脳血管性と比べ、比較的早期から空間認知機能が悪くなり、うまく図がかけなくなります()。
 最後に、最初に覚えてもらった言葉を3つ選んでもらいます。認知症の方は「さあ、何だったかな」ということになってしまいます。
 この検査は、全問で3分程度で、遅い人でも5分ぐらいです。
 この器械がメーカーの協力で製品化されています。ノートパソコンぐらいの大きさで、持ち運びも便利です。
 認知症には直接人が質問する検査法(長谷川式)がありますが、怒る方もいます。なぜかというと、人に聞かれて答えられないと傷ついてしまうからです。コンピューターを使えば、これも軽減できます。
 15点満点で、13点以上を正常としています。健康な人でも1~2問間違えることはあるからです。
 ただ13点の方の経過を見ると、次回は12点以下になっている場合が多いのです。私は13点の方々は認知症予備軍(軽度認知障害)にあたるのではないかと考えています。

どの科でも認知症検診を

 この器械がどう役立つか。私は物忘れ外来以外に、一般内科・神経内科でも診療しています。そこで一般内科・神経内科の患者さんから、認知症ではないだろ うと判断した18人に検査を受けていただきました。すると18人中7人も認知症が見つかりました。問診だけだと、専門医の私でも認知症を見逃していたので す。たいへんショックを受けました。
 私はこの器械を待合い室などに置き、待ち時間に血圧計で血圧を測るのと同じ感覚でやってもらうことを提案しています。点数が悪かった場合、コンピューターから打ち出された結果の紙を診察室に出して相談すればよいのです。
 また、どの科でも認知症のチェックは必要だと思います。認知症は10人に1人ですから、どの科にも認知症の患者さんはいるでしょう。
 大きな手術をしたり、体に負担をかけるような検査する場合、家族と本人に説明をして納得してもらう(インフォームドコンセント=正しい情報を伝えた上で の合意)のがいまの医療の流れですね。同意書にもサインしてもらいます。しかしその方が認知症だとしたら、インフォームドコンセントにはなりません。

広がるタッチパネル検診

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正常 アルツハイマー型認知症

 私たちは4年前から鳥取県琴浦町で、自治体の協力を得てこの器械を使った認知症の検診をしています。65歳以上の介護保険を申請していない方、本人は元気だと考えている方全員を対象として、公民館を借りて検診をしています。13点以下の方に2次検診を受けてもらいます。
 2次検診では「タッチパネル式エーダス」というのをやります。エーダスとは、アルツハイマー型認知症を評価する、世界で使われている尺度です。先ほどと 同じタッチパネル式のコンピューターに一部改変して入れて使っています。
 2次検診を終わった後に専門医による診察、結果説明をおこないます。軽度認知障害の方は予防教室、認知症の疑いが濃厚だと判断された方は専門医療機関へ紹介します。
 専門医療機関では、MRI(電磁波を使った断面撮影)をしてもらっています。左が正常な脳で、右がアルツハイマー型認知症です(写真)。アルツハイマー 型認知症では脳室(部屋のような部分)が大きくなります。海馬が萎縮するからです。
 海馬は記憶をためる脳の組織です。従来は医師の主観で診断が左右されていましたが、いまは埼玉医科大学の松田博史教授により、海馬の萎縮を客観的に評価する解析ソフトも開発されています。
 また、ごく初期のアルツハイマー型認知症では海馬の萎縮が起きていない例もあります。こういう方はSPECT(スペクト)といって、血流や脳の働きがよ い部分がわかる検査をします。アルツハイマー型認知症では、側頭葉(頭の側面)、頭頂葉(頭頂部)などの血流低下が起こります。こちらも解析ソフトが開発 されています。地域の基幹病院ではたいていこれらのソフトが導入されています。
 なお、最近知られるようになったレビー小体型認知症もSPECTでよくわかります。レビー小体型では、頭の後ろ(後頭葉)の血流が低下します。幻覚や妄想が出る方にこのタイプの方がいます。
 さらに先述したアミロイドβタンパクやタウタンパクなどを数値化する検査法が確立されれば、認知症の経過観察や診断に役立つと考えられます。いまは髄液を検査にかける方法があります。
 タッチパネルを使った検診や予防教室は、現在、鳥取県内では琴浦町以外に、米子市、伯耆町、日吉津村、境港市などでおこなわれています。鳥取県以外にも 山口県周防大島町、青森県五所川原市、群馬県高崎市、福岡県大牟田市などに広がっています。

認知症には環境も重要

 認知症の予防には、認知症の方への接し方も重要です。一番悪いのは、失敗を責めて怒るような場合です。お嫁さんが烈火のごとく怒ったりすると、怒られた おじいさんは落ち込んで、積極性がなくなります。すると実際の認知症の状態よりも物事がうまくできなくなり、どんどん症状が悪くなっていきます。
 環境も重要です。ラットを使って「よい環境」「普通の環境」を比較した実験があります。普通の環境とはラットを小さなかごに入れて、エサも普通のエサをあたえるのです。
 よい環境とは、実験をやった人がいうには「とてもゴージャスな環境」です。ラットのゴージャスな環境とは何か、私にはよくわかりませんが、とても広いス ペースをあたえ、いろいろな遊び道具を置くそうです。遊び道具を使うことで頭を刺激する。エサもよいものをあたえる。普通の環境より、神経幹細胞がグッと 発達すると報告されています。
 神経幹細胞が発達するということは、神経の再生が促進されることです。私の学生時代、「神経が再生される」なんて答案に書いたら、しっかり×をつけられたものですが。

すすむ治療薬の開発

 いまはまだ完全に治せる薬はありませんが、アルツハイマー型認知症を根本的に治す薬の完成が夢ではない時代に入っています。セクレターゼ阻害剤、アミロ イドβタンパクのワクチン療法、脳内のネプリライシンという物質を活性化する薬などが根本治療薬として期待されています。いずれもアミロイドβタンパクを 減らす作用があります。
 アルツハイマー型認知症は、アミロイドβタンパクが沈着するところから始まると、最初にいいました。つまりアミロイドβタンパクをためない、たまっても溶かすことができれば、病気を治せるわけです。
 また、アミロイドβタンパクを脳に沈着させたマウスを使って、先ほどと同じ実験をすると、普通の環境では、海馬にアミロイドβタンパクがたくさん残る。 ところがよい環境ではほとんどなくなるのです。ですから、よい環境づくりやよいケアは、アルツハイマー型認知症の予防や治療につながる可能性があります。

出不精には理由がある

 認知症の方は介護保険でデイケアなどに通えばいいわけですが、軽度認知障害など予防が必要な人の通う場がないことも問題です。認知症予備軍の方は、出不 精になっている人が多くいます。ところが「閉じこもりを防止しよう」といって引っ張りだそうとしてもうまくいかないことがあります。理由があるのです。
 私の経験では、公民館で踊りの教室に通っていたというおばあちゃんがいました。話をよく聞くと振付けが覚えられなくなった。一緒に踊っても1人だけ違う格好で踊ってしまう。白い目で見られて嫌になり、閉じこもるようになったそうです。
 こういう方に「公民館に出ていこう」と誘っても、ストレスでしかありません。だからこそ認知障害を見極める検診や予防教室が必要です。

アロマやコーヒーも

図2
アロマセラピーの知的機能への効果(GBS-A検査)
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図3
トリゴネコーヒーの認知症予防効果(エーダス検査)
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 最後に、実践してみて興味深い結果が出たものを紹介します。1つはアロマセラピーです。アロマオイルを使って香りを嗅ぐ方法です。介護老人保健施設でアロマセラピーを試したところ、改善しました(図2)。
実はアルツハイマー型認知症は、最初に匂いがわからなくなります。嗅覚を刺激することが治療法になりうるのではないかと思っています。
2つ目はコーヒーです。コーヒーにはカフェイン以外にトリゴネリンという成分があり、抗認知症作用があります。インスタントではなく、焙煎したものでなければいけません。
トリゴネンは、豆の種類や入れ方でも量が変わるので、米子市の澤井珈琲が、誰が入れてもトリゴネンが高濃度に入った「トリゴネコーヒー」をつくりました。ティーパックに入っていて、通信販売もしています。
私たちもこのコーヒーを試してみました。昨年度、予防教室で約30人に飲んでもらい、エーダス検査をしたところ、点数が改善しました(図3)。これも新しい予防法になる可能性を持っていると見ています。
早期発見が重要であることに変わりありませんが、認知症は「治らない病気」から「治る病気」へ大きく変わる段階に来ていると思います。

 

いつでも元気 2008.6 No.200

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