いつでも元気

2008年9月1日

特集1 STOP介護崩壊 介護、ピンチ 受ける側も担う側も

 民医連では「STOP! 介護崩壊」を合言葉に「介護ウエーブ」の運動に各地でとりくんでいます。八月末までに二〇万の署名を集 めて国会へ、という目標。介護分野がこれまで経験のなかった大きな運動に踏み切る背景には、介護する者にも、される者にも広がる危機が。介護現場では何が 起こっているのでしょう。

介護現場からのレポート

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介護職員は、仕事をつづけたいから、また何より大好きな高齢者たちの尊厳を守るため、立ち上がった(写真・民医連新聞)

 ヘルパーステーションなど介護事業所の職員たちは、署名集めとともに一〇〇〇件のレポート運動を始めました。外からは見えにくい介護の問題を、自分たちが知らせなくては、と。レポートには、必要な介護も受けられない実態が綴られています。
夫婦八〇代の二人暮らしの事例。認知症の妻を夫が介護していますが、徘徊が頻繁になり、目が離せなくなりました。足の悪い夫も限界。警察に相談しても、「いなくなったら届けて」という対応。施設入所は費用負担が無理。今後どこまで在宅生活を続けられるか心配です。
介護度の重いお母さんを娘さんが働きながら介護している世帯では「同居家族がいる」という理由で、掃除や洗濯といった「生活援助」が制限されました。娘さんが働かないと収入が途絶えてしまいます。仕事から戻ると娘さんには休む間もなく介護が待っています。このままでは親子共倒れの危険があります。
介護度5が3に変更された一人暮らしの方。介 護度5でも、限度額いっぱいサービスを使っても足りませんでした。市は「這ってでも一人でトイレにいければ自立」と。介護度が軽くされ、ヘルパーの訪問回 数が減りました。離れて住む家族が毎日食事を届けていましたが介護疲れで入院。本人の身体・精神的負担が増し、ある日ヘルパーが訪問すると亡くなっていた という最悪の結果に。市に再検討を要請している最中のことでした。
認知症の重い一人暮らしの方。身寄りがなく保証人なしを理由に、何カ所もの施設に入所を断られています。入居中のアパートでも問題行動があり、大家がその方の部屋に外から施錠するということまで起きました。役所に相談しても「入所は施設との契約、関与できない」と。
車イス生活をする七〇代、半身マヒで着替えも立ち上がりも一人ではできず、薬代のかかる持病もあります。介護費用は一万円までに抑えたいと、不自由な体で調理し、一人でトイレにいけないのでペットボトルに排尿。サービスを控えています。年金が月一〇万円ないのです。

必要な介護が受けられない制度

 「尊厳が保たれている」とはいいがたい事例の数々。注目したいのは、これらが介護保険を利用している人たちの話だということです。介護保険料を払い、介護認定され、介護事業者が入ってもなお、こんなことが起きるのはなぜ?
 「介護保険が家族介護なしでは暮らせない、自己責任を土台にしたものだからです」。制度の不備を全日本民医連の林泰則次長(介護福祉部)は指摘します。
 「介護保険は、『介護の社会化』を目的にスタートしたものの、二度の見直しで改悪され続けてきました。軽度者のサービス利用の大幅制限、同居家族のいる 場合の生活援助を自治体が制限する動き、施設の食事代や居住費を保険からはずし、利用者負担を重くするなど、『保険あって介護なし』の事態が広がっていま す。介護度がいちばん重い「5」の人が保険の減額額最大のサービスを使っても、ヘルパー利用は一日三時間。足りない分は自費で、と。経済格差により受けら れる介護に差が開き、必要な人に必要な介護がますます届かない。制度が利用者の生活を貧しくさせ、介護から遠ざけられる、という悪循環です。その最たるも のが前出の事例のペットボトルにおしっこのような形であらわれているんです」
 そして〇六年は、高齢者が増えているのに介護サービスを受けた人が減るという介護保険はじまって以来の事態に(図)。施設も足りません。全国の特別養護老人ホーム待機者は三八万人です。

衝撃 日本の介護
高齢者が増えたのに介護を受ける人が減る

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特養待ち時間120年?!
 特別養護老人ホームへの入居を希望しても入れない「待機者」は全国に38万人いる。ある施設は600人待ち、最後尾の方に至っては120年待たないと順番がまわらない計算に。

 

クイズ
介護サービス抑制、ホントにこんなことが

Q.下の中で、本当にあったことはどれでしょう?

  1. 買い物に同行するプランを組んだが雨になった。ヘルパーが買い物を代行するのはダメ「本人がカッパを着ていけ」といわれた
  2. コンビニへの買い物に同行するのは外出介助として認めない
  3. テレビが壊れたので買いに行こうとしたが、許されなかった。理由は「テレビがなくても生活に支障がない」
  4. 昼間独居でも家族がいると家事サービスが認められない。ひとり暮らしでも、近所に家族がいる場合はダメ
  5. 通院介助の帰りに、スーパーに寄るのはダメ
  6. 銀行の中での介助はダメ
  7. 時計の電池交換はいいが、ストーブの出し入れはダメ
  8. 「家族が同居でも仕事で不在」と家事援助の必要性を訴えるが、こんな理由で拒否。「コンビニや24時間スーパーがある」「食事は出前を」「掃除をしなくても死なない」

[答えはページ下に]

 

年をとるのが幸せ、という社会がある

介護の仕事が続けられない

 「介護崩壊」のもう一端にあるのが、担い手側の危機。介護職を辞める人の八割が、就職して三年以内の人たちです。登録型ヘルパーやパートなどの非正規雇用が多く、正規でも給与が低いという待遇の厳しさが影響しています(資料)。
 介護事業所の倒産が現在最悪のペースで起きていることも報道されています。たび重なる介護報酬の引き下げが、給与アップも正職員への起用も、事業所の運営さえも難しくしています。
 若者が介護職を進路に選ばないという現象も。〇八年春は定員の生徒が集まらない介護系大学・短大が八割、その半数が定員の五〇%に達していません。本人が希望しても、「就職しても生活できない」と、学校や親など周囲がひきとめることが多いといいます。

衝撃 日本の介護

 介護労働安定センターの調査では、働き続けられないほど介護職の待遇が低いことが明らかになっている

5人に1人が辞める
genki203_02_03 06年度の介護労働者の離職率は21.6%。産業の平均離職率16.2%に比べても高い。

ワーキングプア
 税込み月収は平均17万9000円、介護支援専門員が22万8900円、サービス提供責任者が19万7600円、介護職員が16万5800円、訪問介護 員では13万2500円。介護の仕事の後、夜はピザ屋でアルバイトをしていたヘルパーは、「店には同じような介護職が何人もいた」と語る。
 職員を雇う介護事業所も「今の介護報酬では人材確保などに十分な賃金を払えない」と、64.7%が回答。
 介護職員の生活を守る緊急集会(日比谷6月5日)

 

来春「改正」でふたたび「改悪」が

 介護保険は来年春に改正される予定です。改善の見通しはあるのでしょうか?
 「残念ながら」と、林さん。「政府は『骨太方針』で社会保障費二二〇〇億円削減を堅持する、としています。しかし介護職員の待遇改善は無視できないの で、軽度者と訪問介護、施設やデイサービス部分などを削り、帳尻合わせをしてくるのでは。このままでは、利用者も事業者もますます追い込まれてしまいま す」

日本の常識は世界の常識か

 「高齢者福祉」は、日本の政府が提示するような、介護を利用する者や介護する者にしわ寄せがゆく制度にするしか維持できないのでしょうか。
 「幸福度世界一」という国・デンマークに住む、澤渡夏代・ブラントさんは「老後の心配はない」と、いい切ります。同国の高齢者の暮らしについて、日本で問題になっていることを中心に質問をぶつけてみると、日本の常識では考えられない答えが(次ページ)。
 四〇年同国に在住した人には国籍の有無を問わず六五歳から満額の老齢年金が出、年数の満たない人にも、居住年数に比例して支給されます。財産のある人は 支給が減らされ、低所得者ほど色々な制度が支えるしくみ。必要ならメガネ代も公費で出ます。補助器具が必要になれば、何百種類もの歩行器や車イスが登録さ れているセンターから、その人の体や状態にあった形にあわせて貸し出されます。そういう器具を使ってたくさんのお年寄りが町に出ています。住宅改装の全額 負担や介護住宅への転居で不足する家賃保障など、「住」にも公的保障があります。
 デンマークのお年寄りは一様に「人生に満足」というのだそう。「体に障害があることが、社会生活をおくるうえでの障害にはならないシステムなんです。本当の意味での『平等』を社会が理解しないと」(澤渡さん)
 日本の場合、「平等」はもっぱら「負担」に向けられる言葉になっていることを思い知らされる指摘です。

デンマークの高齢者福祉3原則

●自己決定 Selvbestemmelse
高齢者自身の自己決定を尊重し、まわりはこれをささえる
●残存能力の活性化 Udnyttlse af egen ressourcer
今ある能力に着目して、自立を支援する
●継続性 Kontiunitet
これまで暮らしてきた生活と断絶せず、継続性をもって暮らす

 

介護の再生を

 全日本民医連は「医療介護再生プラン案」で、介護保険への国庫負担を、現在二五%のところ少なくとも三〇%に引き上げ、診療報酬の引き上げや利用者の サービスの充実を実現しよう、と提案しています。いま議論にのぼっている消費税増税は、低所得者ほど負担が重くなるため、暮らしを守る社会保障の財源とし て、ふさわしくないと考えています。
 「いまの私たちと同じ時代に、年をとることを楽しみだといえる社会があるんです。日本の常識は世界の非常識なのかもしれません。視野を広げて、介護のあるべき姿を語り合いながら、介護の改善を実現していきたい」(林さん) 
 介護はぜいたくなサービスなどではなく、高齢になっても国民が安心して生きてゆくために欠かせない保障。そして人間は誰でも老いてゆきます。澤渡さんが いうように、「人間の尊厳を守るために」を出発点にした制度見直しを、求めてゆくしかありません。 木下直子記者

澤渡夏代ブラントさんに質問!
デンマークの介護は?

澤渡夏代ブラントさん:デンマーク人と結婚し、同国に40年暮らす60代。通訳や福祉・教育の視察ツアーなどのコーディネートなどを手がけながら、生活者の視点でデンマーク社会のようすを発信。著書に『デンマークの子育て・人育ち』(大月書店)など。

問)老後の心配は?
答)まったくありません

問)家族の介護の負担は?
答)「介護疲れ」自体存在しません
介護・看護は専門家に任せて、家族は話し相手になったりの精神面でサポートします。夫は週3回、姑(92歳)を訪ねて「今日は『ヤア』って2回しゃべっ た」なんていってます。「同居家族がいるから介護を制限」なんてない。家族にも仕事や生活があるのに。

問)介護心中事件などはある?
答)ありえない!
日本のような事例がひとつでもあれば、政治家のクビが飛びます。オムツ交換が十分されなかったことがニュースになったほど。

問)利用料は重くない?
答)ない! 介護も医療も無料です。

問)介護職の待遇は?
答)16年前にホームヘルパーという職種をなくし、ケアの質向上と介護職の社会的地位向上のため、「社会・保健ヘルパー」という職種になりました。教育期間1年2カ月、その間学生に自治体から給与が出ます。学ぶ側の財政を保障し、人材養成に資本をかけます。

問)税金が高いそうですが?
答)所 得税率が約50%、付加価値税(消費税)25%。加齢や病のときに受けられるセーフティネットの代金ですから喜んで払います。また、これだけ税金を出す と、国民は政治家が何をしているか監視します。地方議員などはほぼボランティアです。地方自治体の長に「市の仕事は?」ときけば皆「市民への奉仕」とこた えると思います。

[クイズの答え (1)~(8)すべて実話]

いつでも元気 2008.9 No.203

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