いつでも元気

2010年6月1日

特集2 原因もさまざま あなどれない腰痛

患者は日本人の10人に1人

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上原昌義
宮城・坂総合病院院長(脳神経外科)

 「痛ッ!! イタタタター…」
 腰が痛くて情けない気持ちになったことはありませんか? 私自身も、赤面するようなお恥ずかしいエピソードが少なからずあります。
 腰は文字通り体をささえる「要」です。04年国民生活基礎調査では、かぜや頭痛を抑えて症状を訴える割合がいちばん多かったのが腰痛です。その数 1200万人で、実に10人に1人が悩まされています。治療中の患者数も高血圧に次ぐ第2位でした。

正確な診断が重要

 腰痛は原因により、大きく3つに分けられます()。
 一つめは背骨の腰の部分(腰椎)からくる腰痛で、腰痛の大部分を占めます。二つめが内臓の病気による腰痛、三つめがその他の腰痛です。
 さらに腰痛には急に生じる急性腰痛、いつの間にか生じた慢性腰痛があります。動くとひどくなる運動時腰痛、寝ていても痛い安静時腰痛という分類もありま す。痛み方も、腰だけが痛むものと腰以外も痛むもの、腰からおなか、お尻、脚などに響く放散痛をともなうものもあります。
 このように腰痛もさまざまで、腰痛のタイプを把握することは正しい診断と治療の足がかりとなることが多く、非常に重要です。原因が違えば治療法も日常の対処法も違います。
 たとえば腰椎の加齢による腰痛は動いたときに痛くなりますが、寝ていても痛いときは、がん、炎症、細菌感染などが原因のことがあります。
 また放散痛がある、歩くと足がもたつく、排便・排尿に支障があるなど、腰とは直接関係なさそうな症状もある場合は、ただの腰痛より深刻なことが少なくなく、放っておくと回復が難しくなることがあります。

表 「腰痛」の原因もさまざま

●腰椎に原因があるもの

 

・けがやぎっくり腰などの急性腰痛症

 

・腰椎分離症・腰椎椎間板症・腰部椎間板ヘルニア

 

・変形性腰椎症(腰部脊柱管狭窄症・腰椎すべり症)

 

・骨粗鬆症・破壊性脊椎関節症など代謝異常

 

・感染性脊椎炎、関節リウマチ性脊椎炎、強直性脊椎炎などの炎症

 

・がんなど腫瘍性疾患

●内臓の病気が原因のもの

 

・胃腸・膵臓・肝臓・胆のうの病気

 

・腎臓・尿管結石・膀胱の病気

 

・子宮など婦人科の病気

 

・腹部大動脈瘤などの血管の病気

●その他に原因があるもの

 

・ストレスなど心因性腰痛

 

・職業病由来の腰痛

 

腰痛の原因は

 なぜ腰痛は起きるのでしょうか?
 大きな力が外からくわわったり、無理な姿勢が原因で腰椎の骨折や変形、筋肉のねんざや肉離れなどを起こすと「痛みのセンサー」が反応して神経に刺激が伝 わり、腰痛が起きます。痛みのセンサーは、炎症や血行不良などにも反応します。
 重い物を持ち上げるなど、ちょっとしたきっかけで突然強い痛みが起こることが多いのが急性腰痛です。このような場合、まず考えられるのは「ぎっくり腰」 です。ぎっくり腰には筋肉や筋膜(筋肉を覆う膜)の肉離れによる筋・筋膜性腰痛、腰椎の関節の損傷・ねんざによる椎間関節性腰痛などがあります。
 慢性腰痛は「腰痛症」と呼ばれることも多いのですが、原因が分かれば具体的な病名がつきます。
 若いころはスポーツやけが、腰の酷使などによる腰痛が多く見られます。欧米ではスポーツ選手の80%に腰痛が現れるそうです。国内ではスポーツ選手の 10%(柔道32%、野球28%、長距離陸上12%)に現れ、腰や股関節周辺の柔軟性不足が関連していると報告されています。

代表的な慢性腰痛

 慢性腰痛の代表的ものは、次のようなものです。
■腰椎分離症 腰椎は図1のようになっています。腰椎分離症は、腰椎の椎弓が分離するものです(図2)。激しい運動などでねじれをともなう急激な反り返りを繰り返したために起こる疲労骨折がほとんどだとされています。日本人の5・7%に認められたという報告もあります。
 初期から進行期は疲労骨折の痛みが中心で、進行期から終末期は滑膜炎(腰椎の関節内にある膜が炎症を起こす)による痛みへ変化します。

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■腰椎椎間板症 椎骨(背骨の骨)と椎骨の間には椎間板と呼ばれる軟骨があります。背骨の動きを調節したり、背骨に加わる力を吸収するクッションの役割をしています。ゼリー状の髄核を線維輪という丈夫な組織が覆っています(図1)。
 椎間板に強い圧力が加わると線維輪の弾力性が失われ、ひび割れを起こします。このひび割れを修復しようとして血管や痛みのセンサーが椎間板の深部まで入りこむと痛みを起こします。これが腰椎椎間板症です。
 遺伝的要因が大きいといわれていますが、過剰なスポーツなども原因となるようです。大学の運動部員を対象とした調査では、野球、競泳、ウエイトリフティ ング、ボートなどの運動部員では約60%に変性が認められ、運動をしない同世代の学生(変性率31%)の倍以上だったそうです(Hangai M,AJSM 2009)。
■椎間板ヘルニア 腰椎に強い圧力が加わって髄核が飛び出したり、飛び出そうとする力で線維輪が関節の外にはみ出て起きます(写真1)。
 あんパンを上から押さえると中味のあんが飛び出しますね。同じように椎間板に異常に高い圧力が加わると髄核が飛び出して神経を圧迫し、腰痛が起きます。 神経が圧迫されることで脚全体に響く痛みやしびれ(坐骨神経痛)、脚の感覚障害・脱力など筋力低下をともない、圧迫が脊髄(馬尾神経)まで及ぶと排尿・排 便障害まで現れることがあります。

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中高年に多い変形性腰椎症

 中高年では変形性腰椎症や腰部脊柱管狭窄症が最も多くなります。
 椎間板の水分が加齢で失われ、長い年月をかけて力が加わると椎間板がつぶれてきて、上下の椎骨がぶつかってすり減って関節が狭まります。すり減った部分 には骨のとげができ、椎骨、関節、椎間板が変形して起こるのが変形性腰椎症です。変形で神経の通り道(脊柱管)が狭まって神経が圧迫されると腰部脊柱管狭窄症写真2)、椎骨がずれると腰椎すべり症写真3)と呼ばれます。
 変形性腰椎症に共通する症状に間欠性跛行があります。腰部脊柱管狭窄症に顕著で、しばらく歩くと脚にしびれ、痛み、脱力感が起こって歩けなくなるものです。腰を前かがみにして休むと脊柱管が広がるため症状が改善して歩けるようになります。

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代謝の異常による腰痛

 体内の組織は、形成と吸収を繰り返しています(代謝)。骨も同じで、加齢などで代謝のバランス が崩れると骨密度が低下し、骨粗鬆症になります。骨粗鬆症で圧迫骨折が起きると腰痛になります。とくに女性は閉経前後からエストロゲン(女性ホルモンの一 種)が減ることで骨密度が低下し、骨粗鬆症になりやすくなります。適度な運動を積極的におこない、骨粗鬆症を予防することが大切です。
 代謝異常による腰痛には椎骨に異常なたんぱく質が沈着して骨や軟骨を破壊する破壊性脊椎関節症もあります。10年以上の血液透析をおこなっている方に起こる特有の病気です。

炎症による腰痛

 炎症による腰痛の代表的なものに、糖尿病・がん患者や抵抗力の低下した高齢者などにみられる化 膿性脊椎炎や結核性脊椎炎などの感染性脊椎炎があります。細菌が椎間板のそばで繁殖し、椎骨の破壊が進行します。発熱や腰痛がみられ、重症化すると神経を 圧迫して脚などの麻痺を起こします。結核性脊椎炎(脊椎カリエス)も過去の病気ではありません。
 関節リウマチ性脊椎炎や強直性脊椎炎による腰痛もあります。関節リウマチ性脊椎炎は滑膜が異常に増殖し、手足の関節だけでなく背骨の関節も破壊して腰にも違和感や痛みを生じます。やはり進行すると神経を圧迫し、麻痺を生じます。
 強直性脊椎炎は自己免疫疾患(免疫の働きがおかしくなって正常な体内の組織を攻撃する病気)のひとつで、遺伝的要因が関係しています。腰椎や骨盤の関節、靱帯に骨が過剰に増殖し、骨の動きが悪くなります。

がん、外傷による腰痛

 骨ががんに侵されて起こる腰痛もあります。原発性(椎骨や脊髄から発生するがん)と続発性(他 の臓器から骨に転移したもの)があり、最も多いのが続発性の転移性脊椎腫瘍です。骨はがんが転移しやすく、日本では年間10~20万人に発生しています。 肺がん、乳がん、前立腺がんからの転移が上位を占めています。
 椎骨にがんが転移すると骨が虫食いのようになってもろくなり、ちょっとしたことでつぶれて激しい痛みを起こします。重症化すると神経が圧迫されるため、麻痺を起こします。
 外傷性の腰痛も要注意です。椎骨が粉々になる腰椎破裂骨折は脚の麻痺が進むため、手術が必要です。

内臓の病気やストレスでも

 腰痛には内臓の病気から来るものもあります。胃潰瘍や膵炎、胆のうや肝臓の病気、尿管結石、腎臓や膀胱の病気、子宮筋腫や子宮後屈など婦人科の病気、腹部大動脈瘤や血管の閉塞などがこれにあたります。
 症状や経過から見て、腰椎が原因の腰痛とは異なる場合、内科や婦人科の病気などがないか検討します。
 現在は貧困と格差が拡大し、常に時間に追われて、雇用の安定もはかれないため、ストレスなどによる心因性腰痛や労働環境の不備による職業性腰痛も増えています。

治療と日常生活の注意

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 腰痛が強くないときや筋肉疲労の原因が思い当たるときは、他に症状がなければようすをみてよい でしょう。急性腰痛の場合、2週間で8割の患者さんは症状が改善するそうです。一般的に膝を曲げて横向きになり、腰の負担を軽くした姿勢で2~3日安静を 保つと痛みは徐々に軽くなります。その後は無理をしない範囲で日常生活に戻していきましょう。そのほうが回復も早くなります。
 痛みが強くなったり、手足の感覚が鈍く力が入りにくい、全身の発熱が続くなどの場合は自己判断せず、整形外科医を受診してください。
 治療には、手術をしない保存的治療手術治療があります。
 保存的治療の中心は薬物療法です。痛みがあると筋肉が緊張してこわばり、血行が悪くなります。すると老廃物などが腰にたまり、さらに痛みを起こします。痛み止めや腰の筋肉の緊張を和らげる薬はこうした痛みの悪循環を断つ役割があります。
 腰部を安静に保つコルセットなど装具を使った治療法も重要ですが、過度の安静は筋肉を衰えさせるため、コルセットをつけていても運動することが大切です。
 腰痛の治療で最も重要なのが運動療法です。背骨を支える腹筋、背筋、お尻の筋肉を鍛え、腰椎の負担を軽くします。まさに筋肉が作る「自前のコルセット」です。
 股関節周囲のストレッチも重要です。しかし急性の痛みがある場合や無理な運動は体を壊すこともあり、禁物です。整形外科医の指導のもと、年齢や体力を考えながらおこなうとよいでしょう。
 腰を牽引する物理療法もあります。背骨を安定した状態に保つためにおこないます。脊髄から枝分かれした神経(神経根)が圧迫されているときは痛みが改善 します。椎骨が変形している場合はよくなりません。牽引で腰痛や脚のしびれなど神経症状が悪化したり、がんによる腰痛などの場合はおこなわない方が賢明で す。
 温熱療法は筋肉の緊張を緩めて血行をよくし、痛みの悪循環を断つものです。ただし、慢性の痛みは温めることで改善しますが、急性で熱を持っている腰痛は温めてはいけません。逆に冷やすと楽になります。
 腰の筋肉が軽く収縮する程度の電気刺激を加える電気療法もあります。痛みの信号を邪魔することで痛みが改善するといわれており、筋肉のトレーニング効果も一定期待できます。
 マッサージも筋肉のこりを緩め、血行をよくして痛みを改善させますが、炎症による腰痛や背骨の変形が大きく神経症状が強い場合は効果がないばかりか危険なことがあります。
 症状があまり改善しない場合、神経ブロック注射をおこないます。局所麻酔薬や炎症を改善するステロイド薬を直接神経に注射して痛みを抑えます。通常数回で症状がなくなりますが、5~10回以上おこなっても症状が改善しなければ、他の治療法や手術を検討することがあります。

生きがい、考え方も伝えて

 治療効果には個人差があります。経過を見ながら様々な治療法をあわせておこないましょう。主治医に手術するほどではないといわれたのなら大きな問題はないということです。がんばって治療を続けてください。
 しかし保存的治療を選んだ場合もいつまで続けるのか、効果がない場合はいつ手術に踏み切るのか見極めが重要です。原則として重度の歩行障害、筋力低下、 排便・排尿障害がある場合は手術が必要で、神経の圧迫を取り除く手術や、腰椎の不安定性や変形を改善する手術があります。
 手術にも限界があり、あらゆる症状がなくなるとは限りません。ですから主治医に症状を伝えることはもちろん、日常の生活スタイルや生きがい、考え方をしっかり伝えて自分のことをよく知ってもらい、そのうえで治療法を一緒に選ぶことがよい結果につながると思います。
 遠慮はいりません。不安なことや、わからない点があれば気兼ねなくお尋ねください。皆様の主治医は、必ず愛情深く答えてくれるはずです。
イラスト・いわまみどり

いつでも元気 2010.6 No.224

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