いつでも元気

2012年10月1日

特集2 糖尿病の合併症 自覚症状は氷山の一角

合併症の点検も含めた検査と治療を

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莇 也寸志
石川・城北診療所・所長
(内科)

 糖尿病になっても多くの場合、自覚症状をともないません。また、のどの乾きやトイレが近くなるなどの自覚症状があっても、食事療法や運動療法、薬物療法によってある程度改善すると、血糖値が正常値でなくても自覚症状はなくなります。
 こうなると、自覚症状がないためについつい安心してしまい、油断しがちになります。しかし、自覚症状の有無だけで判断せず、定期的に検査を受けることが必要です。
 血糖値が高い状態(高血糖)が長期間続くと、全身の血管に負担がかかり、合併症が出現してきます。糖尿病の合併症にはどんなものがあるのか、主なものを紹介します。

糖尿病は血管の病気

【網膜症】

図1 糖尿病を特徴づける網膜症
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 眼の奥には「網膜」という組織があります。これは、カメラでいうとフィルムにあたります。網膜は、瞳から入った光の明暗や色を感知する役割があり、ものを見るためにたいへん重要な場所です。 
 網膜には細かい血管が密集しているので、特に高血糖の影響を受けやすく、血管が詰まったり、出血したりします(図1)。
 網膜症は進行すると失明に至り、回復不能になることもあります。しかも、かなり進行するまで視力に影響がないため、重症になるまで気づかないこともあります。
 現在では、眼科の治療技術が進歩し、「網膜光凝固療法」という治療法によって、中程度の網膜症や重症に一歩踏み込んだ程度なら失明をくいとめることがで きます。自覚症状がなくても、定期的な眼底検査または眼科受診が大切です。

【腎症】

図2 急増中の腎症
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 腎臓の中には、血液中の老廃物を尿中に排泄する働き(ろ過)を持つ糸球体があります。
 糖尿病で高血糖状態が10年以上続くと、糸球体を構成している細かい血管が動脈硬化を起こして固くなり、糸球体の組織の目が粗くなって、ろ過機能が低下 します。すると、たんぱく質が糸球体の網の目を通り抜けるようになって、たんぱく尿が出たり老廃物が排泄されなくなって体内にたまってしまう、糖尿病性腎 症を発症します(図2)。
 進行すると、ろ過機能が失われた状態(腎不全)となり、血液透析が必要になります。現在、血液透析が必要になる患者の2人に1人は糖尿病性腎症の患者さんです。
 糖尿病性腎症も自覚症状がありません。検査でたんぱく尿が見つかったときにはすでに発病していて、いったん発病すると腎症を完治することはできません。
 しかし、最近では尿中の微量なアルブミン(たんばく質の一種)を調べて、ごく初期の腎症を発見することができます。早期発見してきちんと糖尿病をコント ロールすれば、進行を抑えることができるので、定期検査をおこなうことが大切です。

【神経障害】
 高血糖状態が続くことで、神経障害も起こります。
 症状は、手足がしびれたり痛んだり、感覚が鈍くなる、下痢や便秘を繰り返す、立ちくらみ、味覚が鈍くなる、発汗異常(汗が出ない、または大量に出る)、 尿が勢いよくでない、勃起障害など、実にさまざまな形で全身にあらわれます。また、下肢のしびれなどの自覚症状がごく初期の段階からあらわれることもあり ます。
 また、進行すると疼痛(とうつう)があらわれることもあります。初期のうちは血糖値を厳格にコントロールすることで改善できます。改善するまでには1年以上かかることもありますが、希望をもって療養を続けましょう。

【動脈硬化】

図3 動脈硬化
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 血管の壁に脂肪などが沈着して厚くなり、血管の内腔(血液の通り道)が狭くなったりかたくなったりすることを動脈硬化といいます(図3)。
 動脈硬化になると、血液が流れにくくなる状態になります。
全身の太い血管(脳、心臓、下肢の血管)は、糖尿病があると動脈硬化を起こしやすくなります。糖尿病の人は、糖尿病ではない人と比べておよそ4~5倍の確 率で動脈硬化による心臓と脳の病気が起こりやすくなると言われています。
 また、糖尿病の他にも動脈硬化を進める原因として、(1)脂質異常症、(2)高血圧症、(3)喫煙、(4)肥満(メタボリックシンドローム)、(5)ストレスなどもあります。

【足病変】

図4 足病変
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 糖尿病と足は、意外なほど強い関係があります。血糖値が高い状態が続くと、神経障害のほかに動脈硬化などによる血流障害が起こりやすく、さらに細菌や真 菌(水虫)などの感染に対する抵抗力が低下します。神経障害があると痛みを感じにくいため、ケガやヤケドに気づきにくく、放置しがちになってしまいます。
 さらに、血流障害が起きると、からだの末端には血液が流れにくくなり、細胞が必要とする栄養や酸素が十分に供給されなくなります。
 傷口が化膿しやすく、治りも遅くなるため、手足などに潰瘍や壊疽ができ、切断しなければならなくなる場合もあります。
 とくに足は、手などに比べて目にふれる機会が少ないことから、糖尿病の人はよく手入れすることが必要です(図4)。

急増中の心臓病(虚血性心疾患)

 酸素や栄養を心臓の壁の筋肉(心筋)に供給する動脈(冠状動脈)が動脈硬化になると、十分に血液が流れなくなり、心筋が栄養不足・酸素不足におちいります。

【心筋梗塞
 冠状動脈が血栓(血液のかたまり)によって閉塞(閉じてふさがる)し、心筋が極度の酸素不足のために死んでしまう状態です。心不全や重篤な不整脈を併発して、生命を左右する重症の心臓病です。

【狭心症】
 動脈硬化のため、身体を動かしたときに冠状動脈の血流障害が一時的に起こる状態です。
多くの場合は心筋梗塞の一歩手前の段階で、「危険信号」と言えます。

脳梗塞にも注意を

【脳梗塞】
 脳梗塞は、脳にある動脈が動脈硬化によって詰まり、脳に酸素と栄養が届かなくなるために起こる脳の障害です。
 症状は、障害が起こる場所によってさまざまで、半身麻痺や腕・足の麻痺、尿失禁、視力低下、視野の欠損、言語障害(言葉の理解、会話に障害があらわれ る)、嚥(えんげ)下障害(むせ)、昏睡(こんすい)状態などが代表的です。

【一過性脳虚血発作】
 脳梗塞になる前でも、動脈硬化による血液不足(虚血)によって、一時的に手足の麻痺・感覚障害や視力低下、めまいとふらつき、言語障害、嚥下障害などが 起こることがあります。これらの症状は「脳梗塞の前兆」とも言えるものです。

感染症

 糖尿病になると抵抗力が弱まるため、感染症にかかりやすくなり、悪化しやすいといわれていま す。また、急速に重症化することも多い上、回復には時間がかかります。感染症にかかると血糖値がさらに上昇するので、血糖コントロールが悪化し、糖尿病そ のものにも影響が出てきます。

【尿路感染症】
 女性に多い感染症です。通常は尿道(尿の通り道)から細菌に感染し、膀胱炎、腎盂(じんう)炎(腎臓と尿管の接続部分にある腎盂の炎症)、腎盂腎炎と重 症化していきます。糖尿病性腎症がある場合、その進行を加速させてしまうこともあります。
 膀胱炎の症状は、排尿痛や残尿感、尿が濁る、トイレが近くなる(頻尿)、腎盂炎・腎盂腎炎の症状は、腰痛や発熱などです。
 対策としては、尿意を我慢しないことが大切です。神経障害がある場合は、時間を決めて定期的にトイレに行きましょう。また、陰部の清潔を心掛けましょう。
 女性はなるべく温水洗浄便座を使用したり、排便後のトイレットペーパーの使い方(前から後ろへ拭く)に注意しましょう。

【上気道炎・肺炎】
 上気道炎とは鼻やのどの炎症で、いわゆる風邪のことです。風邪をこじらせると、気管支炎や肺炎をひき起こします。
 対策は、こまめにうがいをすること、インフルエンザのシーズン前には予防接種を受けることです。また、「風邪だ」とあまくみないことも大切です。発熱が 続く、痰に膿が混じるときは肺炎を併発している可能性もあるので、早めに医療機関を受診しましょう。

【皮膚感染症】
  genki252_05_06 白癬(はくせん)(水虫)や、カビの一種であるカンジダの感染症(カンジダ症)などが全身に起きやすく、とくに陰部などの皮膚の薄い部分におこります。
 毎日入浴して身体を清潔に保ち、足の手入れを習慣にして、小さな傷や水虫は早めに治療するようにしましょう。

【歯周病】
 歯の周りの歯肉などの組織に細菌が感染して起こる、慢性的な感染症です。以前から、糖尿病の合併症の一つと言われてきました。高血糖状態が続くと、体の 免疫機能が低下してさまざまな感染症にかかりやすくなります。その結果、糖分を多く必要とする歯周病菌が増殖しやすくなるため、歯周病にかかりやすくなる のではないかと考えられています。
 さらに最近、「歯周病になると糖尿病の症状が悪化する」という逆の関係も明らかになってきました。つまり、歯周病と糖尿病は相互に悪影響を及ぼしあいま す。糖尿病の方は、毎食後の歯磨きと定期的な歯科検診をおこないましょう。

「レガシー(遺産)効果」に注目

 糖尿病の治療の目標は、血糖・体重・血圧・中性脂肪・コレステロールを良好な状態に維持することです。そして、糖尿病の合併症の発症と進行を阻止し、健康な人と変わらない日常生活の維持と寿命の確保をめざします。
 最近、糖尿病の患者さんの長期追跡調査から、2型糖尿病は早期発見・早期治療が重要であることが証明されました。
 この調査は、糖尿病の患者さんを2つのグループに分けておこないました。
 ひとつ目のグループ(A)には、食事療法から始め、血糖・体重・血圧・血清脂質の状態が悪くなったときに薬物療法を取り入れる治療をおこないました。
 もう一方のグループ(B)には、糖尿病と診断された時点ですぐに食事療法に薬物療法も加え、厳格な血糖コントロールをおこなう治療を実施しました。治療 は一定期間続けたあとに終了し、経過観察はそのまま継続されました。
 動脈硬化が起こるかどうかについて調べると、両グループとも治療をやめてから数年は差がありませんでした。ところが15~20年後になると、Bグループ のほうが、動脈硬化による死亡や合併症(心筋梗塞や脳梗塞など)があきらかに少ないことがわかりました。
 これは、治療の効果が出るにはある程度期間が必要であること、そしてその効果は相当長期間続くことを意味しています。
 これが「レガシー(遺産)効果」です。「遺産」とは治療開始時の血糖コントロール状態のことを意味しており、「時間が経っても無にはならず、後に活きて くる」という意味です。この調査結果からも、糖尿病の早期治療はとても重要だということがわかってもらえると思います。
 自覚症状のない方も健康診断を定期的に受け、糖尿病と診断されたら合併症の点検も含めた定期検査と治療をおこないましょう。
イラスト・井上ひいろ

いつでも元気 2012.10 No.252

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