いつでも元気

2012年11月1日

特集2 認知症 3大認知症の特徴、治療とケア

早期発見で、進行を遅らせる治療の開始を

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藤田文博
岡山ひだまりの里病院 院長
(精神科)

 認知症は病気です。当たり前のことのようですが、このことが十分に理解されていないと感じることがよくあります。その大きな理由は、「加齢による物忘れ」と「認知症による物忘れ」の区別がつきにくいからだと思います(図1)。
 「朝食に何を食べたか思い出せない」のは、体験の一部を忘れているので加齢による物忘れです。認知症になると、食べたこと自体を忘れて「朝から何も食べていない」「食べさせてくれない」と訴えます。
 また、高齢にともなう物忘れは病気ではないので進行しません。3年経過して物忘れの程度や頻度に変化がなければ認知症ではないでしょう。一方、認知症に よる物忘れは進行します。昨日や今朝のことだけでなく、1~2分前のことも忘れて何度も同じ話をするようになります。
 認知症で、一番多いのはアルツハイマー型認知症です。次に多いのは脳血管性認知症、レビー小体型認知症と続きます。
 これらは「三大認知症」と言われます。

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認知症は物忘れの進行+生活と行動の障害

 認知症は記憶力がどんどん低下していく病気ですが、それだけでは認知症ではありません。記憶ができなくなるだけでは、徘徊(目的もなく歩き回る)や異食(食べられないものを口に入れる)などの症状は説明できません。
 原因は、とても重要なはたらきをしている頭頂葉と呼ばれる大脳の一部分に障害が起こることです。この障害により、適切な場所へ行けなくなったり、食べら れる物と食べられない物の区別がつかなくなったりします。これは、目では見えているのにうまく認識ができない「失認」という状態です。認知症の進行にとも ない失認が強くなると、日常生活に大きな影響が出ます。

診断では問診が重要

 認知症の診断というと、物忘れのテストや画像検査を思い浮かべる方が多いと思います。しかし、一番重要なのは外来での問診です。
 質問は、「物忘れはいつごろからはじまったのか」「近所や友人との付き合いは減っていないか」「お金の使い方はどうか」など多岐にわたりますが、特に重 要なのは「いつから症状がはじまったのか」という点です。アルツハイマー型認知症の場合は1~3年の経過でゆっくりと進行してきますので、「ある日突然、 家族や周囲の者に怒り出し、夜中に大暴れした」という症状はおこりません。こういう急速な発症の場合は、後述する脳血管性認知症やせん妄()が考えられます。
 問診で気をつけなければならないのは、本人のいる前で家族に「徘徊などはしますか」など無神経な質問をしないことです。これは本人の自尊心を傷つけてし まいます。診察の前に家族だけで聞き取りをおこなう、あるいは検査中に家族から聞き取りをおこなうなどの工夫が必要です。ご家族は「いつから」「どんな」 症状が起きたか、治療中の病気や現在服用している薬などをあらかじめメモして受診するとよいでしょう。


<注>意識混濁に加えて幻覚や錯覚、興奮がみられるような状態。高齢者に起きやすく、脱水や感染が原因になることも多い


認知機能を調べるテスト

 問診の次にMMSE(図2)や改訂長谷川式簡易知能評価スケールなど、認知機能を調べるテストをおこないます。MMSEは30点満点で24点以上が正常とされます。この際にも自尊心への配慮は必要です。
 詩人・柴田トヨさんの「先生に」という作品に「『今日は何曜日?』『9+9は幾つ?』そんなバカな質問もしないでほしい」という一節があります。たしか に鉛筆を目の前にして「これは何ですか」と質問すると「ばかにしているのか」と怒られそうですが、これは呼称障害(ものの名前を言えるか)を調べる質問で 重要な意味があります。これらのテストは、記憶や幅広い認知機能を調べます。

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認知症の画像検査

 認知症のどのタイプかを診断するために、頭部CT検査やMRI検査などの画像検査は有効な検査です。ただ、それらの検査で脳の萎縮があったからといって認知症とは言えません。80歳を過ぎれば、脳の軽度な萎縮はだれでも起こり得るからです。
 一方、65歳未満で若年性アルツハイマー型認知症を発症するケースでは、認知症の症状があっても、画像上にほとんど脳の萎縮が認められない場合があります。つまり、脳の萎縮の有無だけでは認知症の診断はできません。
 アルツハイマー型認知症では側頭葉内の海馬という記憶の中枢を担う部分が萎縮するため、頭部CT検査では脳室のひとつである側脳室の下角とよばれる部分が拡大するという形で現れてきます(図3矢印)。頭部MRI検査では、頭頂部から下に向かっての縦断的な断面図が得られるので、海馬を含む側頭葉の萎縮を直接に見ることができます(図4枠)。
 レビー小体型認知症では海馬の萎縮は少なく、脳血流SPECTという検査で後頭葉の血流低下が認められることが特徴的な所見です。

図3 アルツハイマー型認知症(CT) 図4 アルツハイマー型認知症(MRI)
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認知症の疾患タイプ

 三大認知症にはそれぞれに症状の特徴があり、治療やケアのポイントも少しずつ違います。

■アルツハイマー型認知症
 アルツハイマー型認知症は認知症の疾患タイプの中で最も多く、65歳以上の高齢者で3~7%、80歳以上では20%以上といわれています。遺伝によるア ルツハイマー型認知症は全体の1%に過ぎず、99%は遺伝とは無関係です。加齢が一番の原因であり、65~85歳の間で年齢が5歳上がるごとに有病率は2 倍に上昇するという報告もあります。男女比では、2対3~4の割合で女性に多いのが特徴です。
 経過を3段階に分けると特徴がわかりやすいと思います。

(1)前期 ゆっくりと物忘れが進行し、日時がわからない、 次第に外出しなくなるなどの変化が見られます。昨日や今日のこと、とくに自分が関係したエピソードをすっかり忘れるのが特徴です。たとえば、昨日テレビを 買って家に届いたときには自分が買った事実を忘れ、「こんなもの頼んでいない」と言い出すなどが典型的です。しかし、この段階で受診されるケースはまだ少 ないです。
(2)中期 次第に場所がわからなくなったり、見えているもの が認識できなくなる症状が現れます。徘徊やものを盗まれたという妄想などの行動・心理症状が出やすい時期で、介護が一番大変な時期です。周囲の人にどう見 られているのかということを気にして本人がとりつくろうことがおきやすく、「通っている施設や他人には良い対応なのに、自宅で家族には暴言をふるう」など の症状がみられます。
(3)後期 歩行障害や、ひとりで食事ができなくなるなど身体機能が低下し、身体ケアが必要となってきます。

 アルツハイマー型認知症の治療・ケアのポイントとしては、事実に反したことを言ってもすぐに否定せず、まずは受け入れて本人の話をゆっくりと聞くことが大切です。
 また、入院や施設への入所など新たな環境に順応しにくく悪化するケースが多いので、症状の出現に注意してタイムリーに行動・心理症状の治療をおこなうことが必要です。
■脳血管性認知症
 脳血管性認知症は男性に多く、脳梗塞(脳の血管が詰まる)などの脳血管性障害による脳の損傷部位や程度によって症状の程度が異なります。 
 小さい動脈が詰まる梗塞はラクナ梗塞とよばれ、ラクナ梗塞が多数脳の中にできると症状が進行することがあります。これは多発梗塞性認知症と呼ばれ、脳血管性認知症の7割を占めます。
 記憶障害はアルツハイマー型認知症に比べて軽度です。症状は(1)意欲の低下、(2)自発性の低下、(3)抑うつ気分、(4)感情失禁(わずかな刺激で 泣いたり笑ったり、怒ったりする)、(5)焦燥、(6)夜間せん妄などです。突然怒り出したりすぐに泣いてしまうなど、感情のコントロールが難しくなるこ とが多いようです。
 一方、歩行障害、排尿障害、麻痺、嚥下障害(飲食物がうまく飲みこめない)・構音障害(発音が正しくできない)など、脳血管性障害にともなう多くの神経 症状があり、それらをいかに予防していくかが治療・ケアのポイントです。また、自発性や意欲の低下には、精神的活動性をあげるためのデイケアやデイサービ スの活用が必須です。夜間せん妄の症状には、規則正しい昼夜の生活リズムをつけることが重要です。
■レビー小体型認知症
 これは、最近よく知られるようになった認知症のタイプです。診断の難しさから、以前はアルツハイマー型認知症や脳血管性認知症と診断されていた可能性があります。
 レビー小体型認知症のもっとも特徴的な症状は、幻視や妄想の症状です。「ご飯の上に虫がいる」「よその家の子どもが部屋の中を走りまわる」など、小動物 や子どもが見えると訴えることが多いようです。「今もそこにいるよ、ほらあいさつした」などという、ありありとした幻視の訴えが特徴的です。
 アルツハイマー型認知症と比べて、海馬の萎縮が少なく、記憶障害の程度が軽い特徴があります。また、一日の中で症状の変動が大きいのも特徴です。日中は 意識がはっきりして比較的症状が出ないのに、夜間の睡眠中に突然に大声や奇声を出したり、手足をバタバタさせるなどの症状(浅い眠り=レム睡眠時の行動障 害)が現れます。
 動作がゆっくりとなり、手足が震える、表情が少なくなる、筋肉のこわばりが強くなる、転びやすくなるなどのパーキンソン症状を併発しやすいのも特徴で す。ただし、パーキンソン症状がまったく出ない症例もあります。起き上がったときに急激に血圧低下をきたす起立性低血圧、便秘や多汗などの自律神経症状も よくある症状です。
 また、初期の段階では4~7割の方に抑うつ症状が出るとされ、うつ病と診断される場合があります。幻視や幻聴に対する治療として抗精神病薬を服用すると 震えや筋肉のこわばりなどのパーキンソン症状が悪化する場合があり、注意が必要です。

症状の進行を遅らせる抗認知症薬

genki253_03_06 残念ながら、現段階では認知症を治せる治療法はありません。しかし、アルツハイマー型認知症の症状を遅らせる抗認知症薬は現在4種類があります(表1)。重症度や行動・心理症状、患者さんの身体状態にあわせて、薬を選べる時代になりました。アリセプトは、軽度~中程度の方には5mg、高度の方には10mgの投与をおこない、図5に示すような効果があります。
 このように軽度から高度まですべての段階の認知症にあわせた投与ができるようになりましたが、早期発見、早期治療が原則であり、投与のタイミングが早いほどより効果的です。
 認知症には至っていないMCIと呼ばれる軽度認知障害の段階も含めて、より早期に治療を開始することが望ましいでしょう。

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いつでも元気 2012.11 No.253

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