いつでも元気

2012年12月1日

特集2 胆管がん 早期診断が難しく、治りにくい病気

印刷労働者を対象に、検査が受けられる施策を

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阿南陽二
宮城・坂総合病院(外科)

 印刷労働者に胆管がんが多く発生していることが問題になっています。「胆管がん」と聞いて「そ れは、どこのがん?」と思われる方が多いかもしれません。たしかに、胃がんや大腸がんに比べると、芸能人や有名人がかかったという話もなく、お茶の間の ニュースに「胆管がん」が登場することは、これまでほとんどありませんでした。

胆管とは

 胆管は腹部にある内臓のひとつで、肝臓で作られる胆汁という液体を運ぶ管状の内臓です。とても細い小さな内臓で、直径は6~8ミリくらいしかありません。胆管は肝臓から出た後、膵臓に入り、膵液を運ぶ膵管と合流して十二指腸までつながっています(図1)。
 胆汁は、消化酵素を多く含む膵液ともに十二指腸に注がれ、食物の消化吸収を促す役割を果たしています。胆汁には、代謝で生じる老廃物を体の外に運び出す 役割もあります。新陳代謝で不要になった物は、肝臓で処理されて胆汁の中に排出され、腸を経由して便に混じって体から出ていきます。
 胆汁には、赤血球のヘモグロビンが代謝されてできるビリルビンという黄色の色素成分が含まれています。便が黄色いのは、このビリルビンによるものです。
 胆管がんは胆管に発生する悪性腫瘍(がん)で、肝臓の中の胆管にできる「肝内胆管がん」と、肝臓の外の胆管に発生する「肝外胆管がん」に分けられます。
 肝内胆管がんは、肝臓がんの仲間に分類されることが多く、通常「胆管がん」と言うと肝臓外の胆管に発生したものを指すのが一般的です。
 胆汁が通る道という意味で、広く「胆道」という言葉も使われます。「胆道がん」という場合には、肝内、肝外の胆管がんに加えて、胆のうがんと乳頭部がん を含めたものになります。がんの統計では、胆のうがんと胆管がんはひとつのグループとして扱われています。また乳頭部がんは、十二指腸のがんに分類されて います。
 日本で胆管がんにかかる人は、年間約2万人(胆のう・胆管がんの合計)と推測されています。図2のように、男女別では男性に多く、高齢者に多い病気で、50歳未満の発症者はほとんどいません。2009年の死亡者数は1万7599人で、部位別がん死亡数では、肺、胃、大腸(結腸と直腸)、肝臓、膵臓に次いで6番目でした(がん研究振興財団「がんの統計'11」より)。

図1 胆管
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胆管は、肝臓の中では細かい枝に分か れていますが、次第に合流し肝臓の外では1本の管になります。さらに膵臓の中に入って膵管と合流し、十二指腸に至ります。途中に袋のような形の胆のうがあ り、胆管とは細い管でつながっています。胆のうに石ができる胆石症は、比較的多い病気です

図2 胆のう・胆管がんの年齢別推定り患率
(対人口10万人)
Cancer Incidence and Incidence Rates in Japan in 2005 :Jpn. J. Clin. Oncol (2011) 41(1) : 139-147 をもとに作成
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発生の原因とその症状

 胆管がんが発生する原因については、まだよくわかっていません。胆管がんを発症しやすい病気と して、膵・胆管合流異常症や原発性硬化性胆管炎がありますが、どちらもごくまれな病気です。肝内胆管がんではこれ以外に、肝内結石症(肝臓の中の胆管に石 ができる病気)やウイルス性肝炎(B型・C型肝炎)、肝吸虫という寄生虫、現在は使われなくなったトロトラストという造影剤も危険因子として知られていま す。
 食生活との関連では、脂肪分の摂りすぎや肥満が危険因子として挙げられ、鮮魚の摂取が予防因子として報告されています。しかしこれらは、必ずしも胆管がん特有のものではありません。
 かゆみや軽い腹痛、体重減少などが半数以上に見られますが、胆管がんで初めに現れる自覚症状のほとんどは、黄疸です。黄疸は、胆汁が流れなくなると、黄 色い色素成分であるビリルビンが肝臓内で逆流して血液中に入り、全身が黄色く染まっていくことで起こります。
 初めのうちは、眼球の白目の部分が黄色くなったり、尿が黒っぽい色になったりすることが多く、進んでくると全身の皮膚が黄色くなります。またビリルビンが便に混ざらなくなるため、便が白っぽく(白色便)なります。
 黄疸は、がんの早期の段階では現れず、がんが胆管をふさいでから現れる進行がんの症状です。無症状のうちに診断されるのは、健診や他の病気の治療中に血 液検査の異常をきっかけに偶然発見される人に限られ、全体の3割にもなりません。

診断方法

 胆管がんを診断する第一段階としては、体への負担があまりない腹部の超音波(エコー)検査と血 液検査が挙げられています。がんのために胆管がふさがると、上流の胆管が太くなります。超音波検査で胆管拡張をとらえることは容易で、時にはがんのしこり そのものが見えることもあります。しかし胆管の下流の方は見えにくいため、超音波検査にも限界があります。
 胆管がふさがれると肝機能障害が現れ、血液検査で胆管に関連するALPや─GTPという酵素やビリルビンの濃度に関する数値が上昇します。症状が進んで くると肝細胞関連のGOTやGPTという酵素も上昇してきます。しかし、これらは別の病気でも上昇することがありますので、これだけで胆管がんとは診断で きません。
 胆管がんを診断する第二段階としては、CTとMRIが挙げられます。
CT(コンピュータ断層撮影)は、X線撮影で得られた情報をコンピュータで処理をして、体の内部を横断面として映し出すことができる検査で、病気による異 常箇所や異常箇所の広がり具合を診断するのに有効です。胆管は小さな内臓なので、CTでも見えにくかったのですが、最新式のCT(高速マルチスライス CT)では、がんのために分厚くなった胆管の壁の構造がある程度見えるようになりました。しかしそれでも、がんの広がり具合がすべて見えるわけではありま せん。
 MRI(磁気共鳴撮影)は磁気のはたらきを利用した検査法で、CTと同じように撮影情報をコンピュータで処理し、体内の断面像を映すものです。 MRCP(MR膵管胆管撮影)では、胆管の全体像が見えるようになり、胆管が狭くなっているかどうかは容易に診断できるようになりました。しかし、それが 良性なのか悪性なのかを見分けるのは、まだまだ困難です。
 たとえば胃の検査では、バリウムを飲めばすぐにレントゲンで胃を映すことができます。胃カメラを飲み込めば、胃の内部を詳しく観察することができます。 カメラを病気の場所まで進め、組織の一部を採取して、病理検査で悪性かどうかを調べることも容易です。しかし胆管で同じことをしようとすると、簡単にはい きません。
 胆管をレントゲンで映すには、まず胃カメラのような内視鏡を十二指腸の乳頭部(胆管の出口=図1参照)まで進め、次に細い管を内視鏡の中に通してさらに胆管に挿入し、造影剤を注入してX線で撮影しなければなりません。これはERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影=図4)と呼ばれる検査です。胆管がんの診断を確定するのに重要な検査ですが、膵炎などの合併症が発生する危険性があるため、入院して実施する必要があります。
 胆管のカメラはもっと大変です。カメラの中に細いカメラを通す「親子式」のものが開発されてはいますが、画質や操作性が今一つで、一般的な検査にはなっていません。
 胆管がんは、胃がんや大腸がんに比べると、レントゲンやカメラの検査が簡単にはできないため、早期発見が困難です。黄疸になって発見されるというのは、 胃がんでいえばがんのために食べ物がまったく通過しなくなった状態、大腸がんではがんによる腸閉塞に相当する非常に進行した状態です。そのため、診断時点 ですでに手遅れだったり、手術をしても再発したりする場合が少なくありません。

図3 MRCPによる胆管・膵管画像 図4 ERCPによる胆管画像
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胆管の全体像をみることができる。がんのために途中の胆管が狭くなり、上流胆管が拡張している。 胃カメラを十二指腸乳頭に進め、チューブを胆管に挿入して造影剤を注入。がんのために胆管が途中でふさがっており、上流の胆管が拡張している。

治療法

 治療法は、何よりも手術でがんを切除することです。抗がん剤による治療や放射線療法もありますが、手術が唯一の根治療法(完治する可能性のある治療法)であるため、進行がんでも可能な限り切除を追求する必要があります。
 ただし、胆管だけを切除しても、がんが取りきれることはほとんどありません。胆管がふさがるくらいの進行がんの場合、まわりの臓器に広がっていることが多いのです。
 胆管の下流側でがんが広がっている場合は、胆管とともに膵臓と十二指腸を切除する必要があります。上流側の場合には、肝臓を切除する必要があります。膵 臓と肝臓、両方を切除しなければがんが取りきれない場合もあります。いずれの場合も体への負担が大きい大手術になるため、膵液漏れや胆汁漏れなどの合併症 が発生することがあり、ときには生命に関わる危険性もあります。
 また、がんは切除できたとしても、再発する可能性があります。再発の多くは治療後5年以内に生じることから、がんの治りやすさ・治りにくさを表す指標と して「5年生存率」が用いられています。最近の「地域がん登録」に基づいた5年生存率では、胆のう・胆管がんは21・8% でした(がん研究振興財団「がんの統計'11」より)。胃がんや大腸がんの5年生存率が60%を越えているのに比べると、胆管がんが治りにくい病気である ことがわかります。

印刷労働者と胆管がん

 今年5月、大阪の印刷会社の従業員40人中5人が胆管がんを発症し(うち4人がすでに死亡)、 「仕事で使用される化学物質が発症に関与している疑いがある」と報じられました。その後の調査では、印刷会社での発症者は宮城や東京、静岡にもおよび、毎 日新聞は「胆管がん発症者は合計61人で、そのうち37人が死亡していたことを厚労省が明らかにした」(9月6日付)と報じました。61人の年齢分布は図5の通りです。全体のり患率(病気にかかる率)を示した図2と比較すれば、印刷労働者は若年で発症していることが一目瞭然で、どれほど異常な事態かということがわかります。
 これまで胆管がんの危険因子として、労働・作業環境が問題になったことはありませんでした。しかし今回の場合は「換気が不充分な職場環境のなかで、発が ん物質である『1、2ジクロロプロパン』や『ジクロロメタン』という有機溶剤を吸入したことが発症の原因ではないか」と考えられ、疫学的な研究がはじまっ ています。過去に胆管がんにかかった人に関しては、さかのぼって職歴を調査する必要があるでしょう。また、研究の結果を待つことなく、現在あるいは過去に 似たような作業環境にいた就労者を対象に、胆管がんを発症していないかどうかの検査を実施する必要があります。
 胆管がんの治療成績はきわめて不良ですが、その主な理由は早期診断が難しいことによるものです。
 今はまだ、胆管がんの検診は確立していません。しかし、印刷労働者のようなハイリスクなグループを特定できれば、その方々を対象として、前述のような診 断方法を駆使することによって早期診断が可能になるかもしれません。  
 対象となる方々に広く状況を知らせ、医療機関で検査が受けられるようにする施策が求められています。
イラスト・井上ひいろ

図5 印刷労働者の胆管がん(年代別)
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いつでも元気 2012.12 No.254

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