特集1 口から貧困がみえる 「歯科酷書」民医連歯科の告発
直視するのもためらわれるような痛々しい写真。これは「口から見える貧困」をテーマに民医連の歯科職員たちが、診療の中で出会った事例をレポートした一部です。貧困はこんなところにもあらわれている…題して『歯科酷書』です。
「なぜここまで我慢を?」と
派遣切りされた30代のレントゲン 重度の虫歯多数、下の歯はほとんど歯根しか残っていない。愛知で派遣切りされ、故郷に戻った。無料低額診療事業を利用して治療に。 |
このレポートは、全国九八カ所にある民医連歯科のメンバーに呼びかけ、まとめました。とりくみ のきっかけは、「どうしてこんな状態になるまで来院されなかったのですか?」と、歯科医師たちが問いたくなるほどボロボロになった口でやってくる患者さん たちがいたからです。そんな患者さんたちの多くは、保険証がない、治療費が払えないため治療を控えてきた、家も仕事もない、などの問題も同時に抱えていた のです。
特徴的だったこと
〇九年六~八月の三カ月で全国から寄せられた事例報告は八五件でした。そこから浮かびあがった特徴は…。
■厳しい労働環境で受診もできない…朝から夜遅くまで長時間の厳しい労働環境におかれ、受診する時間がなかった人たちがいました。「朝六時に家を出て、帰宅は一一時という毎日だったが、突然のリストラにあい、皮肉にも治療に来ることができた」という四〇代も。
■派遣切り・リストラ…大手自動車会社を派遣切りされた四〇代は、ほとんどの歯が根っこだけで、食事は丸飲みに近い状態だった。七〇代の患者は、勤め先が高齢者から首を切ったため失業、電気もガスも水道も止められ、心臓の持病の薬も飲めずにいた。
■経済困難…食べものにも困る生活で、歯科治療など無理だった、という事例。不整脈の原因が歯周病かもしれない、と病院で指摘されて来院した五〇代の患者は、勤め先が倒産、新たな職が見つからずにいました。通帳残高はわずか七円。
■無保険・国保資格証…医科で問題になっている「国保」の問題 は歯科でも。アルバイト生活で国保料の支払いまでお金が捻出できず、無保険になっていた五〇代男性は、二四本の歯のうち、一六本がひどい虫歯でした。奥歯 は正露丸を詰めて痛みを我慢していたため、黄色く変色。冷蔵庫も冷暖房もない住居に住んでいました。
■子ども…ひとり親世帯などを中心に、家庭の困難は子どもの歯にも影響していました。口の中の崩壊が親から子に「継承」されている状況も。
家が貧しいため働きながら定時制高校に通っている高校生は一九本が虫歯。二〇〇〇円ずつ支払うことで治療をはじめたものの中断。その母親も虫歯でほとん ど歯がない状態で治療できずにいました。一家の大黒柱が非正規雇用のワーキングプアで、夫・妻、〇~七歳の子ども四人の一家全員が口腔崩壊状態だった事例 も。
これは氷山の一角だ
口の中の健康悪化に、貧困の問題が影響していることがうかがえます。
全日本民医連の歯科部長・江原雅博さんは「経済的事情から、医療機関への受診抑制が起こっている。特に生命の危機にはほとんど直結しない歯科での受診抑 制は、医科よりも影響が大きく出ているといわれています。かかりたくてもかかれない状況が生まれ、口腔内の健康が急激に失われています」。
「それでも、事例の方々は少なくとも一度は歯科を受診できた方々。私たちの目にふれる方は氷山の一角で、いまも受診がままならずにいる方はこの数千、数 万倍いて、深刻な口腔内の崩壊事例がたいへんな勢いで増えているはず」と、報告をまとめた歯科委員の駒形貴さん(宮城・古川民主歯科)、庄司聖さん(島 根・塩冶歯科)も。
「現在の歯科医療界では、『歯科医師はあまっている』という議論が常識に。しかし事実はそうなのか。患者が少ないのではなく受診したくてもかかれない人 たちが、子どもや若者にまで増えているのが実態。この事例集を多くの人にご一読いただき、この状況を少しでも改善させ、国民誰もが安心して歯科医療を受け られるよう、アクションを起こしていただきたい」と、歯科医師たちは語っています。
みなさんといっしょに打開したい
歯科部では、安心して歯科医療を受けたいと願う国民と歯科医療従事者が手をとりあい、お互いが おかれた困難な現状を打開する提案として、「歯科再生プラン(案)」(〇八年八月)も発表しています。また、「保険で良い歯科医療を」全国連絡会に結集し て、患者の窓口負担軽減と無料化、保険外治療の保険適用などを求めて署名にもとりくんでいます。
木下直子記者
いつでも元気 2010.2 No.220