特集1 “派遣村”のない年末 改善されない雇用、ボランティアがつないだ命
日比谷派遣村、公設派遣村と、年末年始の“恒例”になりつつあった派遣村。しかし今回の年末年始は、国も東京都も「派遣村は必要 ない」との態度をとりました。この認識は正しかったのか。年末年始にとりくまれた一連の「相談会活動」から浮かび上がってきたのは、雇用や景気はまったく 改善していないという現実です。 (文と写真・武田力記者)
ただちに緊急入院の人も
年末拡大相談会」で相談にのる大葉さん(中央奥の男性)らボランティア・スタッフ |
昨年一二月二五~二七日、日本司法書士会館で「年末拡大相談会」が開かれました。「仕事がない」「住居がない」人などを対象に、弁護士や司法書士、生活支援団体のメンバーなどが生活相談に応じました。三日間で約一七〇人が来場しました。
二日目となった二六日には、医療相談もおこなわれました。日常的にホームレスの支援活動をおこなっている「隅田川医療相談会」のメンバーや、民医連の職員も多数参加しました。
六〇人ほどの来場者のうち、医療相談を受けたのは三七人。ほとんどすべての人に受診の必要が認められ、医療機関への紹介状が発行されました。
経済的困窮から病院にかかれず、高血圧や糖尿病などを悪化させてしまった人や、話すのも困難なほど激しい胃の痛みを訴え、ただちに病院に緊急入院となった人もいました。
職を失い、保険証もなく
ある五〇代の男性は、血圧を測ると上の血圧が二一〇。すぐに医療機関を受診する必要がありました。
しかし、男性は「お金がないから」と受診を躊躇。この男性は製本業に従事していたものの、不況で職を失い、無保険状態になっていたのでした。
ずっと受診できず、病状を悪化させていた男性に「医療費のことは心配しないで、まずは受診しましょう」と語りかけたのは、代々木病院(東京)の大葉清隆 事務長。「そんなぁ、申し訳ないよ」と遠慮する男性に、「せっかく今日ここで出会えたんだから。これも縁だよ」と大葉さんは何度も繰り返しました。男性は 代々木病院受診へとつながりました。
香川県出身の国分和彦さん(仮名・46)は、前日に偶然聞いていたラジオで「相談会」を知って来場しました。
血圧を測ると、上が一八〇、下が一二二。「左足や頭がしびれることもある。血圧のせいではないか、とても心配」と訴えました。
国分さんは主に建設現場で働いてきましたが、勤めていた会社が一九九五年に倒産。会社の寮を追い出され、その後は一〇~一五日の短期契約を繰り返しながら、仕事と寝場所がセットになった飯場を転々として生活をつないできました。
ところが、最近は「『血圧が高いから』と就労を断られることが続いている」と国分さん。建設現場などに簡易血圧計があり、「血圧が高いと働かせてもらえないところが増えている」といいます。
「もう少し生きたいんです」
「年末拡大相談会」では胸部X線検診車も用意 |
翌日、国分さんは中野共立診療所(東京)を受診することになり、谷川智行医師の診察を受けました。
「副作用の少ない薬で、少しずつ血圧を下げていきましょう」と谷川医師。
「身体を治して、また仕事をしたい。(血圧の)数値を見せられ、しっかり治したいという気持ちになりました…もう少し生きたいんです」と話す国分さんに、「いやいや、もっと長く生きてください」と、谷川医師はまっすぐに国分さんを見つめて答えました。
「あんなに親身になってくれるお医者さんがいるんですね。あんな先生、初めてです」
国分さんの瞳からは涙があふれました。
「相談会」スタッフに付き添われて役所に生活保護申請した国分さん。後日、記者に「役所で紹介された宿泊施設で、とりあえず年末年始は屋根のあるところ で過ごせています。よいお年をお迎えください」との電話が。その声は少しだけ“張り”を取り戻したように聞こえました。
国や都にかわって“広報”
新宿駅頭にテントをはっておこなわれた「年越し緊急相談会」 |
今回の年末年始、二〇〇九年末のような“公設派遣村”は「労働者の置かれた状況が改善した」(厚労省)として開設されませんでした。しかし、大卒の就職内定率が六八・八%と調査開始以来最悪を更新するなど、“改善”していないのは明らかです。
今回、国が唯一関わった“年越し支援”が、公共職業安定所(ハローワーク)の年末臨時開所。一二月二九~三〇日、一一都道府県一九カ所(都内五カ所)の窓口を開け、宿泊先の提供もおこないました。
これに対し「周知も対策も不十分」として、同期間中「年越し派遣村が必要ないワンストップ・サービスをつくる会(ワンストップの会)」(代表=宇都宮健児弁護士)が新宿駅頭でとりくんだのが、「年越し緊急相談会」です。
生活再建のアドバイスや、ハローワークへの案内をおこなったほか、都内の駅頭や公園でチラシを配って、国や都のかわりに“広報”。二日間で一五三人が相談に訪れ、年末年始の宿泊や食事の確保などにつなげました。
雇用は改善されていない
三一日~一月三日には、湯浅誠・元派遣村村長ら有志が「年越しSOS電話相談」を開設。四日間で一〇五件の相談が寄せられました。
なかには、所持金が数百円となった元旦未明に一時間だけネット・カフェに入り、必死に検索して「SOS電話相談」を見つけたという男性(三〇代)も。 「福祉事務所に相談に行ったが、『まだ若くて健康だから』と追い返され、もうどこも助けてくれないと思った。電話がつながらなかったら、あきらめて自殺し ていたと思う」と、涙ながらに語ったといいます。
「寄せられる相談が多様化し、借金や貧困ビジネスなどやっかいなものも増えている」と語るのは、井上久・全国労働組合総連合事務局次長。「ワンストップの会」事務局も務めています。
「多くの方が『仕事が見つからない』『いくら応募してもダメ』というように、雇用はまったく改善されていません」と井上さん。「失業が長びくと『自分は 社会に必要とされていない』と精神的にも追いつめられてしまいます。昨年と比べて携帯電話を持っている相談者も激減しました。多くの相談者が、仕事の情報 を得る命綱すら維持できないほど経済的に追いつめられているのです」と強調します。
都の協力拒否
国が派遣村を開設しなかった最大の理由は、「東京都の協力拒否」だといわれています。昨年一一月、石原慎太郎・東京都知事は、「昨年のような派遣村はおこないません」と豪語していました。
昨年の派遣村で、「利用者の一部が生活資金二万円を支給された直後に所在不明になった」ことが背景にあるともいわれています。一部メディアが「二万円を持って逃亡」「無断外泊二〇〇人」などと、さかんに報じていました。
しかし、「無断外泊二〇〇人」の根拠はありませんでした。「大多数の利用者は真剣に努力している」「事実誤認の誤った報道を放置するな」と「ワンストッ プの会」は都知事に申し入れていました。都知事はこの申し入れを聞かず、事実確認もせずに「派遣村には協力しない」と言い放ったのです。
政治が責任を果たすべき
「知事が何といおうが、都は年末年始に職員を配置して、特別な体制をとらざるをえなかった。“公設派遣村”という形ではありませんでしたが、何らかの対策が必要だということを現場の職員は認識していたということです」と井上さん。
さらに「ホームレスの実態をつかむことは難しい」とも話してくれました。
「寒い夜は眠れずに歩き回ったりしますから、ホームレスとして顕在化していない人も多いのです。大晦日の夜には、新宿のサウナ店に長蛇の列ができていま した。列の中には住まいもなく、『せめて年越しだけでも屋根のある暖かいところで』という人もたくさんいたことでしょう。二年前の日比谷派遣村には菅直人 首相(当時は民主党代表代行)も来ました。約束した労働者派遣法の規制強化など、いまの状況に対して政治がしっかりと責任を果たすべきです」
ささやかな願いがかなう社会へ
一連の取材を通じて感じたのは、「ふつうに働いて、ふつうに暮らす」という当たり前の、ささやかな願いすらかなえられなくなっている現実です。さらに“命綱”になるべき行政も、その役割を十分に果たせていません。
前出の国分さんは、身の上話を語る言葉の端々に、他人に頼ることを潔しとしない生真面目さがにじむ人でした。昨年は“公設派遣村”の報道を見ながら、 「自力でなんとかしようと、正月休みも返上して働いた」といいます。しかし、高血圧のために生活を支えるすべをなくしてしまったのでした。
誰にでも起こりうる“つまずき”を“転落”や“大けが”にしない社会のしくみが必要です。
「人間らしく生きたい、働きたい」という願いがかなう世の中へ――セーフティネットの改善・拡充、労働者派遣法の抜本改正が早急に求められています。
「年越しSOS電話相談」結果報告【相談者数】105名(男95名、女10名) (ブログ「湯浅誠からのお知らせ」より) |
いつでも元気 2011.3 No.233