けんこう教室
漢方と鍼灸
「漢方薬って苦くてすぐには効かないんでしょ」「鍼って痛いんじゃない」「お灸って火傷するんでしょ」などなど、漢方や鍼灸に対してマイナスイメージを持っている方もいらっしゃると思います。今回は東洋医学(伝統医学)とは何か、また日常での活用方法についてお話しします。
WHOの国際疾病分類にも
広い意味で東洋医学と言えば、トルコより東のアジア圏における伝統医学を指しますが、狭い意味では中国伝統医学や韓医学、日本の漢方鍼灸医学を指します。
日本へ中国伝統医学が入ってきたのは5世紀半ば頃で、その後日本の漢方鍼灸医学は独自の発展を遂げました。例えば中国の鍼は太いためそのままからだに刺すことができますが、日本の鍼は細く繊細で、鍼管と呼ばれる細いストローのような支えを通して刺していきます。
昨年6月、世界保健機関(WHO)の国際疾病分類(ICD※)に、伝統医学の章を加えることが公表されました。これまでWHOの統計には伝統医学の情報は含まれていませんでした。今回の約30年ぶりの改定によって、東洋伝統医学の再評価につながるとの期待があります。
※疾病や死因の国際的な統計をとる際の統一的な基準としてWHOが作成した分類
診断の流れと漢方薬
東洋医学では、患者さんの動作や状態をみて(望診)、声の様子や匂いを嗅いで(聞診)、病歴を聞き(問診)、お腹や脈をみて(切診)、「証」と呼ばれるからだの状態を総合的に評価します。例えば、風邪でも証によって処方や治療は一人ひとり異なります。証が決まれば、漢方あるいは鍼灸による治療が始まります。
漢方薬の形状としては「煎じ薬」と「エキス剤」があります。コーヒーで言えば、豆から挽いて入れるのが煎じ薬、インスタントコーヒーはエキス剤にあたります。本格的にこだわった漢方処方は煎じ薬ですが、手軽さや扱いやすさはエキス剤が勝ります。
一般内科で処方される漢方薬はエキス剤で保険診療にあたりますが、漢方専門のクリニックや漢方専門の科がある病院では煎じ薬が処方され、自費診療になることもあります。
漢方薬は「苦くて、長く飲んでジワジワ効いてくる」と思っている方もいらっしゃるかもしれませんが、即効性のある漢方薬はたくさんあります。また漢方薬の全てが苦いわけではなく、自分のからだの状態にマッチした処方であれば苦い薬もおいしく感じると言われています。
受診以外で漢方薬をご希望の場合は、漢方を扱う薬局で相談しても良いでしょう。
ツボって何?
鍼灸とは鍼やお灸をツボ(経穴)に施すことで、からだの状態を整える治療法です。ツボを適切に刺激することで血管を拡張させ、血流が良くなることが分かっています。また、ツボへの刺激は直接脳に作用してホルモンの分泌に影響することや、筋肉を緩めストレスを軽減するなどの作用も指摘されています。
WHOが認定しているツボは361カ所で、現在は日本の鍼灸マッサージ師を養成する施設もWHOの標準を用いています。
ツボは点として存在しますが、ツボとツボをつなぐ線として経絡があります。これは内臓器官とつながっているとされており、各部位を刺激することで血流を良くしてさまざまな効果を発揮します。
鍼灸治療を受ける場合、一般的には鍼灸院を受診することになります。保険診療が適用されるのは「神経症、リウマチ、腰痛症、五十肩、けい腕症候群、頚椎捻挫後遺症」などで、医師の同意が必要です。
その他、美容や妊婦さんの逆子(骨盤位)治療などのために鍼灸を用いることもあります。私自身、産婦人科外来で骨盤位の妊婦さんにお灸をすることで、子宮や臍帯の血流を良くして逆子を矯正する治療や指導も行っています(下図参照)。
妊婦さんのツボ
内くるぶしの頂点から指4本分上がったところで、骨と筋肉の境目。
婦人科系疾患の治療に用いるほか、腎臓や胃腸、冷え性にも関わる。
足の小指の爪の生え際。
妊婦さん(妊娠8カ月以降)の逆子治療に用いるほか、冷え性にも関わる。
自宅で行うセルフケア
さまざまな症状に対応するツボを知っておけば、自宅で自分の体調を整えることにも役立ちます。自分に鍼を刺すのは無理でも、お灸やマッサージで症状を緩和できるかもしれません。可能であれば、かかりつけの医師や鍼灸院に相談のうえ、適切な指導のもとに行うことをお勧めします。
当院に定期的に通院される患者さんで、鍼灸を希望される方のお困りごとの多くは「肩こり、腰痛、膝痛」です。それぞれに効く代表的なツボを3つの図に分けて紹介します。
図を見ながらツボの位置の見当をつけ、周辺を押したりもんだりしてみましょう。痛いけれど気持ちいいところ、こりやしこりを感じるところがツボのことが多いです。
ツボが見つかったら、親指の腹で肌に垂直に押さえます。力まかせに押すのではなく、軽く気持ちのいい程度に押してください。
お灸を使う場合、皮膚に直接もぐさを置いて燃焼させる「有痕灸」と、痕を残さない「無痕灸」があります。自宅では無痕灸の1つである「台座灸」がお勧めです。台座灸は大きめの薬局で購入できます。ただし、局所に熱を持っているような場合はお灸は控えてください。
最後に
今回ご紹介できたツボはほんの一部です。最近は東洋医学について分かりやすく説明した書籍も多く出版されています。ご興味がある方はぜひご活用ください。
肩こりのツボ
肩の根元から肩先までの中間点にある肩井は、肩こりの基本ツボです。首の後ろの髪の生え際(頭蓋骨のへり)にある天柱と風池も効果があります。腕にも肩こりのツボがあり、肘を曲げてできる線から指3本分手先のほうにある手三里も試してみてください。
※肩こりの背後に何らかの病気が隠れていることもあるので、心配な場合は受診してください。背骨の変形や腫瘍、炎症、呼吸器の病気(肺がん、胸膜炎、気胸)や心臓の病気(狭心症、心筋梗塞)でも、肩こりが症状として現れることがあります。
腰痛のツボ
おへその真後ろにあたる命門から左右へ指2本分離れた腎兪と、さらに指2本分離れた志室が腰痛の基本ツボです。ベルトの高さで背骨から左右へ指2本分離れた大腸兪、膝の裏側の真ん中にある委中も試してみてください。
※腫瘍や炎症などが腰痛の原因になっていることがあり、その場合は受診が必要です。気をつけなければいけないサインとしては、「体重減少、1カ月以上治療を続けても改善しない、尿や便の調子が悪い、横になっても改善しない、熱がある、痺れや麻痺がある、がん治療中、ステロイド使用中」などがあります。
膝痛のツボ
膝の皿の真上にある鶴頂のほか、膝の皿を囲むように膝蓋上辺二穴、内膝眼、外膝眼があります。膝の裏側の真ん中にある委中も効果があります。その他、膝の周りで押すと痛い部位も治療点になります。
いつでも元気 2019.3 No.329