けんこう教室 気候危機と健康
気候危機が健康に与える影響と私たち一人ひとりができることについて、岡山協立病院(岡山市)の横田啓医師に寄稿していただきました。

岡山協立病院総合診療科
横田 啓
最近の夏は本当に暑いですよね。2023年7月、地球の平均気温が12万年ぶりに最高記録を更新したと話題になりました。昨年の地球の平均気温は前年をさらに上回り、過去最高を更新したと報告されています。まさに気候危機と言える状況です。
国連事務総長は23年に「地球温暖化から地球沸騰化へ」と危機感を表明。約800人の科学者によるIPCC(気候変動に関する政府間パネル)報告書は「人間活動の影響が大気、海洋および陸域を温暖化させてきたことは疑う余地がない」と断言しています。
「プラネタリーヘルス」とは
私は岡山県の病院で総合診療医として働いています。夏にはたくさんの熱中症の患者さんが救急外来に来られます。当院が所属する岡山医療生協は昨年、岡山市に対して生活保護利用者へのエアコン設置費用の支援などを求める要望書を提出しました(資料1)。
地球温暖化による気候変動は、さまざまな影響と健康リスクを生み出します(資料2)。熱中症に加えて、心臓・腎臓・肺の病気、精神障害、妊娠出産時の有害事象、豪雨などの異常気象による外傷、感染症のほか、花粉症や気管支喘息などのアレルギー疾患も増加します。また、水と食料の供給悪化による栄養失調、紛争や強制移住も世界中で人々の健康を脅かしています。
人間の健康は地球環境と密接に関係しており、「健康を守るためには地球環境を守る必要がある」という概念が「プラネタリーヘルス」として注目されています。WHO(世界保健機関)は「気候変動は21世紀最大の健康への脅威である」と宣言。有効な対策がなされなかった場合、気候変動による超過死亡は世界で年間25万人と推計されています。今世紀末には気候変動に関連した死者が年間900万人以上に上るとの指摘もあります。
医療従事者の取り組み
私たちの健康を地球温暖化などの気候変動から守るために、21年に「みどりのドクターズ」を立ち上げ、22年に一般社団法人化しました。政府に対し、気候変動に対応した医療・保健・介護システム構築や、2050年までに業界での温室効果ガス排出をゼロにする「ネットゼロ宣言」などを求めて、署名活動にも取り組みました。
医療・保健・介護業界は、日本の温室効果ガスの約5%を排出しており、産業別で上から5番目の排出量です。また、日々多くの市民と接する医療・介護従事者は、気候変動が健康に与える影響やその対策などについて人々に伝えやすい立場にあります。医療・保健・介護業界が総力を挙げて気候変動対策に取り組むことは、社会全体に重要なインパクトを与えます。
地球環境の悪化は、私たちの生存を脅かしかねないところまできています。いのちと健康を守る医療・介護従事者として、気候変動対策は待ったなしの課題です。
健康格差が広がる要因
昨年、各地域で総合診療を目指す医療従事者や学生が参加する日本プライマリ・ケア連合学会は「気候非常事態宣言」を発表しました。その中で「私たちの4つの取り組み」として、以下の項目を掲げました。
1)プラネタリーヘルスの理解を深め、医療者および市民へ周知します
2)日本のカーボンニュートラル ※1 実現に貢献するため、温室効果ガス排出削減に取り組みます
3)気候変動の影響に適応したプライマリ・ヘルス・ケアの整備に取り組みます
4)プラネタリーヘルスに関する医学教育および研究、関係組織との連携を推進します
気候変動の影響は、とりわけ経済的・社会的に弱い立場の人々に大きな打撃を与えます。居住環境の改善や貧困対策、防災対策、災害弱者と呼ばれる高齢者や障害者への対応などと一体に取り組む必要があります。
気候変動による災害は、健康格差が広がる最大の要因になりえます。すべての人が適切な医療・介護を受けられるように、宣言の意義を広く知らせたいと思います。
※1 温室効果ガスの排出量と植林・森林管理などによる吸収量を均衡させて、温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすること
私たちができること
私たちができる大きなアクションに「食」があります。科学者が気候危機の解決策を列記した「プロジェクト・ドローダウン」によると、家庭・個人でできる最も効果が高い行動の1位に「フードロス ※2 を減らす」、2位に「植物性食品中心の食事」が挙げられています。
食料システムは世界の温室効果ガス排出量の約30%を占めています。例えば、畜産分野で牛のゲップに含まれるメタンガスの温室効果は、短期間では二酸化炭素の80倍以上とも言われます。牛肉で摂取するタンパク質を大豆に置き換えると、なんと98%も温室効果ガスを減らすことができます。心血管疾患やがんの予防にもつながり、健康寿命を延ばせて一石二鳥です。
また、ウオーキングなどの運動で病気を予防することは、受診や投薬による環境への負荷を減らすことにつながります。歩数が1日3553歩から5801歩に増えると、死亡率が40%も減るという研究もあります。こんなによく効く薬はありません。
人と交流したり自然と触れ合うことは、体と心の健康にとても良いことが最新の研究でも明らかになっています。車を自転車に切り替えたり、趣味のサークルや行事に参加したり、公園や自然散策に出かけてみてはいかがでしょうか?
薬剤は生産過程で多くの温室効果ガスを排出します。医療機関からもらった薬を余らせていませんか。受診や調剤の際に医師・薬剤師に「薬が余っています」と伝えることで、薬の量を調整してもらうことができます。
地球に優しいアクションは健康や財布にも優しく、まさに一石三鳥です。一つでも生活に取り入れていただければ幸いです。
※2 食べられるのに廃棄される食品
いつでも元気 2025.5 No.402