スラヴ放浪記 マグロは缶詰が一番
文・写真 丸山美和(ルポライター、クラクフ在住。ポーランド国立ヤギェロン大学講師)

レストランで出てきたラーメン。ビジュアルも味もびっくり
日本ブームの実態
欧州で生活するようになって6年がたつ。多くの人に「日本との違いで苦労することは何か」という質問を受けるが、必ず答えるのが〝食〟だ。
たいていのことはいずれ慣れる。しかし歳月を経るごとに、日本で楽しんでいた四季折々の料理が、脳の中で著しく美化される。特に桜が咲く春ごろからゴールデンウィークにかけて、いつもひどいホームシックにかかる。山菜がないからだ。
勤務先の大学で、学生に「日本固有の食材はありますか」と聞かれる。コシアブラやミツバ、セリなど山菜独特の味をどう伝えればいいのか、いつも悩む。食べたあと、心からすがすがしい気持ちになる食材は山菜くらいだ。
スーパーに行くと、「これでもか」といわんばかりに肉が並んでいるが、新鮮な魚はない。筆者が暮らすクラクフの市場で刺身用のマグロを見つけたが、表面が黒味を帯び怪しく七色に光っていた。地元の友人に聞くと「マグロは缶詰が一番おいしい」と真顔で答えた。
ニシンの塩漬けが市場に広く出回っている。知人に招待されたレストランで、「日本風ニシン料理」を注文したことがある。運ばれてきたのは大量のマヨネーズと玉ねぎの千切りの山。その山の下にニシンの塩漬けが、ゆで卵2個と一緒に埋まっていた。これが日本風なのだろうか。
数年前、誕生日を一人で過ごすことになった。奮発して外食でもと、繁華街のレストランへ。店員にお勧めの料理を聞くと、「ラーメンはいかがですか」と言う。
さて、出てきたのは思い描いていたラーメンではなかった。スープはかけそばの汁に近く、ぬるい。学校給食のスパゲティのようなゆで麺が枝豆と一緒に浮かんでいる。なによりも食べ残しを投げ込んだようなビジュアルで、脳がしびれた。ラーメンの値段は日本円に換算して1400円だった。
春が訪れると、SNSでは桜の写真の投稿でいっぱいになり、これまた猛烈な望郷の念を誘う。
親しい友人のムラトが、日本の芸術を紹介するポーランド国立博物館のカフェで働いている。彼はお茶のスペシャリストで日本茶にも詳しい。春になり、博物館の庭先で桜が咲くと「お茶を飲みにおいで」と誘ってくれる。
博物館のテラスに筆者のためのテーブルが茶器とともに用意されており、目の前に桜が咲いている。無言で眺めているうちに不意に涙があふれ、顔をおおった。ムラトは筆者の肩を優しくなでてくれた。
ウクライナへ人道支援に行くと、地元のスーパーや商店に寄る。現地のお菓子やフルーツティーなどを買い、クラクフで暮らすウクライナ難民の集会所へ届ける。土産を見たとたん、涙を浮かべる人がいる。筆者はこの人たちの気持ちがよく分かる。
スラヴ地方でも、日本ブームが年々勢いを増している。アニメなどポップカルチャーだけでなく料理も注目。最もポピュラーなのは寿司だ。どの街でも寿司レストランを見かけるようになった。
先日、ウクライナ支援仲間のズベシェクが、「知人が寿司レストランを開いた。一緒にどう?」と誘ってくれた。オーナーのミハウは「日本食は口に合わないと思っていたが、次第にとりこになった」と言う。レストランの名前は「Kyoto House」だ。
カリフォルニアロールのような、色とりどりの巻き寿司が並んで出てきた。厨房で調理していたのは、ウクライナ東部のザポリージャから避難してきた20歳の若者。ザポリージャは毎日のようにロシアの爆撃を受けている。特別な味わいを感じながら巻き寿司をほおばった。
いつでも元気 2025.6 No.403
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