原発と司法
元裁判官・樋口英明さんに聞く
2014年に福井地裁裁判長として
関西電力大飯原発の運転差し止めを命じた樋口英明さんに、
新刊『原発と司法』(岩波書店)について聞きました。
聞き手 武田 力(編集部)

樋口英明さん
私が「裁判官は弁明せず」の慣習を破って全国で講演しているのは、今の日本の原発政策を静観することが〝耐えがたいほど正義に反する〟と考えるからです。
多くの人が「原発はそれなりに安全に造られている」と思っているのではないでしょうか。しかし原発の耐震設計基準は、実際に起きている地震の規模よりだいぶ低いのです(資料)。
私が裁判長を務めた福井地裁の法廷で、関西電力は「大飯原発の敷地に限っては強い地震は来ません」と主張しました。この言い分を信じるかどうかがポイントでした。地震学の最新の知識によっても正確な予知は不可能であり、大きな地震はいつでもどこでも起こりえます。
これは切迫した現在進行形の問題です。南海トラフ地震の危機が叫ばれているにもかかわらず、震源域にある伊方原発(愛媛県)を稼働していること自体、大変危険で驚くべきことです。
原発の2つの本質
脱原発運動の最大の障害物は、私たちの心の中にある「原発の問題は難しい」という先入観です。しかし、原発の2つの本質①と②を理解すれば、決して難しくありません。
①原発は運転を停止した後も、ウラン燃料を冷やし続けなければ暴走する
②原発が暴走した時の被害は甚大で、国が壊滅するほどの被害が起こりうる
福島原発事故は、地震で外部電源が断たれ、津波で地下にあった非常用電源も壊れたために、ウラン燃料が溶け落ちるメルトダウンが起きました。大量の放射性物質が飛散して、現場の最高責任者だった吉田昌郎所長が「東日本壊滅」を覚悟したと言われます。
原発問題は何より国の存続の問題=国防問題です。原発は「自国に向けられた核兵器」であり、安全保障上最優先に向き合うべき切迫した脅威です。これを取り除くのに、込み入った戦略や難しい外交交渉は必要ありません。豊かな国土を守り、それを次世代に引き継ぎたいという精神さえあれば、すぐにでも取り組めます。
めちゃくちゃな判決
1月に『原発と司法』という本を出版しました。原発被災者に対する国の賠償責任を否定した最高裁「6・17判決」のおかしさについて、多くの方に知っていただきたいからです。
最高裁判決は「国が東京電力に適切な津波対策を命じたとしても、原発事故は防げなかった」と言います。その理由は、津波が襲った原発の東側には(最大15・7mの津波が想定された)南東側よりも「低い防潮堤が設置されたはず」というもの。しかし、津波はどの方角から来ても回り込みますし、私はそのように高さが均等でない防潮堤を見たことがありません。
実は最高裁判決には、三浦守裁判官の反対意見が付いています。三浦裁判官は原子力基本法などの目的と趣旨を踏まえ、国と東京電力は万が一にも原子力災害が起こらないように、考えられるすべての対策をすべきだったと指摘します。防潮堤に加えて、建屋への浸水を防ぐ水密扉などの対策にも触れており、論理一貫性と具体性において遙かに優れています。
最高裁判決を支持した3人の裁判官(菅野博之裁判官、岡村和美裁判官、草野耕一裁判官)は、自分たちと三浦裁判官の反対意見の優劣すらも判断できなかったことになります。
重大な疑惑
この3人の裁判官について、東京電力と深く結び付いた法律事務所との関係が指摘されています。
菅野裁判官は最高裁判決の翌月、42年間務めた裁判官を定年退官し、8月に「長島・大野・常松法律事務所」の顧問に就任。同事務所は「東電株主代表訴訟」で、東電の代理人を務めた弁護士たちが所属しています。任官前に弁護士をしていた岡村裁判官は、もともと同事務所の出身です。
また、草野裁判官は「西村ときわ法律事務所」(現・西村あさひ法律事務所)の出身で、同事務所には東電の社外取締役や最高裁の元裁判官が所属しています。
東電から多額の報酬を得ている法律事務所が、最高裁裁判官の出身母体であったり、退官後の就職先になっているのです。もしも利害得失で「結論ありき」の判決を出したのだとすれば、裁判所への信頼を損なう不公正な行為であり、最高裁は自らこれを是正しなければなりません。
裁判官の良心をたたき起こすため、一緒に声をあげましょう。私から聞いた話をあなたの大切な2人の人に伝えてください。それが難しければ、私の本を買って渡してください。あっという間にベストセラーの誕生です。
原発と司法
国の責任を認めない
最高裁判決の罪
著者:樋口 英明
出版社:岩波書店
(岩波ブックレット)
価格:693円(税込)
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