けんこう教室 認知症が気になるあなたへ(中)
前号に続き「認知症が気になるあなたへ」の2回目です。
今回は、認知症の診断と薬物治療を含めた医療的ケアや認知症の要因と対応について、ご寄稿いただきました。
認知症の診断

坂総合クリニック
宮城県認知症疾患医療センター長
日本脳神経外科学会認定専門医
今田 隆一
認知症の診断は、いつごろから、どんな症状がどのようにして出るようになったのかを、ご本人、ご家族、周囲の人たちにうかがうことから始めます。
認知障害が疑われる場合には認知機能評価(記憶障害やその他の認知障害の有無を調べるもの)を実施し、さらに歩行障害などの神経の障害の有無に関する診察を行います。さらに頭部MRIやCT検査、脳血流イメージなど、いわゆる画像検査を加えて診断へとつなげます(資料1)。
診断は前号で紹介した認知症の5つのタイプごとの特徴に依拠して行われます。同時にその方の個人史(学歴や職業歴、性格や趣味・嗜好など)についても、可能な範囲で聞き取りをしておくことが大事です。
なお認知障害による日常生活上の困りごとは、ご本人よりご家族や周囲の人たちの方が半年ほど早く気付くと言われています。その半年の間はご本人にあまり自覚がない時期にあたります。その時期にはよく「自分は認知症ではない」という自尊心に基づく受診拒否があり、家族や周囲の人たちが困惑することがあります。
私はこうした時、ご本人に「今は大丈夫かもしれませんが、これからの10年間、脳が健康でいられるか調べてみませんか?」というような言い方で対応しています。

認知症の治療と支援 ~薬物治療を含めた医療的ケア
認知症の治療・支援は、
①薬物治療を含めた医療的ケア
②介護保険サービスなどの介護的ケア
③居住地における地域的ケアと支援
④社会全体で行う支援
というように、包括的な仕組みを作る必要があります。
中心に据えられなければならないのは当事者、つまり本人の思いや希望です。また支援についても一方的なものではなく、双方向的な「支援する・支援される」関係を重層的に築くことが重要です。
介護保険サービス、地域的ケア、社会的支援については次号で紹介します。今号では医療的ケアについて説明します。
中心的な症状である認知障害は、認知症の種類によって有効とされる薬が異なっています。残念ながら血管性認知症や前頭側頭型認知症(前頭側頭葉変性症)については、有効な薬はまだありません。
アルツハイマー型認知症に対しては、これまで主に2種類の薬が使われてきました。脳内の神経伝達物質であるアセチルコリンを減少させる酵素(エステラーゼ)をブロックし、アセチルコリンの脳内濃度を高めるアセチルコリン・エステラーゼ阻害薬(ドネペジルなど)。そして、過剰な神経興奮を抑えて神経障害を軽くするメマンチンの2種類です。
最近、脳内の神経細胞に溜まるβ・アミロイド蛋白を除去する抗体治療が始まりました。抗体治療薬としてレカネマブ、ドナネマブの2つがあります。
しかしこの2つの治療薬については今のところ、長期の臨床データは得られていません。得られた2年間のデータでも、認知障害の進行を遅らせることはできても完全な抑止はできていないことが指摘されています。併せて、無視できない副作用・副反応も報告されています。
レビー小体型認知症には前掲のアセチルコリン・エステラーゼ阻害薬が、幻覚などの症状の緩和に有効です。また歩行障害には、パーキンソン病薬が効果的なことがあります。
認知症には記憶障害、言語理解の低下、各種の行動障害などの中核症状があります。痛みなどの身体要因、環境要因、周囲の対応などによって引き起こされる二次的な症状が行動・心理症状(BPSD)です(7ページ資料2)。興奮や徘徊などが代表的な症状で、抗不安薬や抗うつ薬などの薬物治療も行われますが、なにより、原因となっている要因の改善が大事です。

認知症の予防と備え
2024年7月31日、英国の医学雑誌『ランセット』は、個人の若年期、中年期、老年期ごとに認知症発症に関連する要因を、関連の度合いとともに報告しました。
低い教育水準(5%)、難聴(7%)、高LDL(いわゆる悪玉コレステロール)血症(7%)、抑うつ(3%)、頭部外傷(3%)、身体的不活発(2%)、糖尿病(2%)、喫煙(2%)、高血圧症(2%)、肥満(1%)、過剰飲酒(1%)、社会的孤立(5%)、大気汚染(3%)、視力喪失(2%)の14因子です。
カッコ内の数字は関連の度合いを示しています。全てを合わせても45%です。今後も新たな関連する因子が見つかる可能性を示唆しています。
関連する因子の回避に努めて健康的な生活を送るようにすると、認知症発症の危険性を下げるだけではなく、仮に発症するとしてもその時期を遅らせ、結果として健康な生活期間の延長が期待できるとしています。
関連する因子への対応の実際
関連する因子への対応についても、『ランセット』は次のように説明しています。
①良質な教育をすべての人へ保障し、また中年期においては認知的刺激につながる活動を行うことを奨励する。
②難聴者に補聴器の利用を推奨するとともに、難聴を進行させる有害な騒音にさらされることを防止する。
③確実なうつ病治療を推進する。
④身体的接触を伴うスポーツや自転車乗車の際には、頭部保護のためにヘルメットの着用を推奨する。
⑤スポーツや身体活動の実施を推奨する。
⑥禁煙教育の推進、並びに公共施設内での禁煙エリアを広げることを推進する。
⑦高血圧の予防と患者対策を強め、降圧目標を40歳以降は130mmHg以下とする。
⑧高LDL血症への対策を強める。
⑨肥満への対応と健康的な体重維持を推奨する。
⑩アルコールの過剰摂取を防ぐために適正飲酒についての啓発を行う。
⑪他人との共同・共生の取り組みを通じて社会的孤立を防ぐ。
⑫全ての人に視力検査を実施し、視力低下者には必要な治療を保障する。
⑬大気汚染にさらされることを減じる。
筆者の書籍紹介
認知症が気になるあなたへ

今田隆一、阿部育実、吉田真理 編著
新日本出版社
1500円(税別)
いつでも元気 2025.9 No.406
