けんこう教室 認知症が気になるあなたへ(下)
「認知症が気になるあなたへ」、今回が最終回です。
介護保険サービス、運転免許問題、ジェンダー問題、共生社会づくりなど、
認知症をめぐる現状を紹介します。

坂総合クリニック
宮城県認知症疾患医療センター長
日本脳神経外科学会認定専門医
今田 隆一
前回、認知症の治療・支援は
①薬物治療を含めた医療的ケア
②介護保険サービスなどの介護的ケア
③居住地における地域的ケアと支援
④社会全体で行う支援
というように、包括的な仕組みが作られる必要があると書きました。今回は薬物治療以外の医療的ケアと、②~④について説明します。
お薬以外の治療と支援
~介護保険サービスの利用の充実を
失語症や歩行障害をともなう高次脳機能障害や、まひなどの身体障害を合併した血管性認知症には、リハビリテーション医療が必要な場合があります。同様に肺炎を併発したり、合併症がある場合の医療的ケアも必要です。
その他の認知症(アルツハイマー型など)自体は進行性の疾患なので、高齢発症の認知症は通常、介護保険によるサービス提供が欠かせません。
介護保険サービスは基本的な日常生活動作(ADL)へのケアに加えて、服薬管理や家事動作などのいわゆる手段的日常生活動作(IADL)への対応もニーズに基づいて行われます。独居世帯など家族介護を期待できない場合は長期間の施設ケアが必要になることも多いですが、介護保険サービスは主として在宅での提供を中心に設計されています。
実際にはサービスの圧縮・削減が系統的に行われており、その結果、必要な人に十分に行き渡っているとは到底いえない状況です。介護保険サービスは、高齢者の認知機能を維持し、障害の進行を遅らせる効果が明らかにあります。それは時には維持するだけでなく、改善させる効果を示すこともあります。サービスの圧縮・削減ではなく、拡大・充実こそが重要です。
地域社会内での支援
~運転免許問題を中心に
最近、75歳以上の認知症を持つ高齢者の運転免許問題が深刻さを増しています。
私たちは買い物をする、何かを見に行く、集まりに参加するなど、どこに行くのでも自分の足や自家用車、またバスや電車などの公共交通機関で移動をします。
移動は生活をしていく上で必須の行動であり、人権の一部といえます。認知症を持つ人はさまざまな理由で移動能力に制限が起こります。住み慣れた地域の中で、制限をしない、させない取り組みが求められています。
近年では高齢者による運転免許の自主返納が増えています。一方、地方自治体による事業(運転免許証自主返納推進事業)は少しずつ広がっていますが、十分というにはまだ程遠い状況にあります。特に公共交通機関の利用の推進という点では、利用料の無料化や減免措置の充実と併せ、交通網自体の充実を図る必要もあります。国や自治体による町づくり・地域づくり方針の重要な課題としなければなりません。
社会と認知症
~ジェンダー問題を中心に
わが国の認知症の発症統計を見ると、65歳以上の全世代にわたって女性が多いことが知られています(資料)。
その理由として医学・医療的視点からは、高LDL血症、白内障による視力喪失、うつ病などが考えられ、これらが女性に多い疾患であることが指摘されています。
それと同時に、社会におけるジェンダーギャップの存在が影響している可能性も大きいのです。具体的には「低い教育水準」「社会的孤立」「身体不活発」における男女差が指摘されています。また、うつ病が女性に多いことの主な理由として、女性の置かれている社会的立場の弱さがあるといわれています。
高等教育、就労・労働環境、勤労収入など、生活のあらゆる場面でジェンダー平等を推進することが、認知症を減らすためにも重要といえます。

共生の社会へ
2023年6月、「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」(いわゆる「認知症基本法」)が成立し、24年1月1日から施行されています。
認知症基本法は「共生する活力ある社会(=共生社会)の実現を推進」する目的のために、「認知症の人が」「自らの意思によって日常生活及び社会生活を営むことができる」ように、「意向を十分に尊重しつつ、良質かつ適切な保健医療サービス及び福祉サービスが切れ目なく提供されること」を目指し、「社会環境の整備」に努めることとされています。
今後は基本法に基づき、どのような基本計画を作り、具体化を進めるのかが問われています。特に勤務の継続や就労、子育ての問題を抱える若年性認知症の方々にとってはより切実です。どんな障害を持っていても必要な支援を受けながら生活を続けられる、支え合いの社会を作っていきたいものです。
大工の勲さん
大工の一人親方だった勲さん(仮名)は、東日本大震災の津波で自ら作った家を流されてしまいました。
60代半ばの勲さんに若年性認知症の症状が出たのは、震災から4年目の春。家を建てることができなくなったのです。しかし建具の作成や修理などの技術は、まだまだ十分な水準にありました。
震災後も各地で大きな地震被害や水害が起こりました。勲さんとパートナーは、各地の地震・水害被災地に出かけて住民への支援活動を行いました。現地ですることは地震で歪んだ建て付けの修繕、棚や建具作りなど。面倒見が良い勲さんは各地で引っ張りだこです。
また日常では、地域の発達障害の少年の世話をしています。一緒に料理を作ったり、いすや箱作りをする勲さん。傍から見ても暗いところは微塵も見当たりません。
共生社会とは、認知症を持つ人も持たない人もそれぞれの能力や役割を尊重しつつ、文字通り共に生きていくことを示しているように思います。
認知症基本法の具体化は、これからが本番です。
筆者の書籍紹介
認知症が気になるあなたへ

今田隆一、阿部育実、吉田真理 編著
新日本出版社
1500円(税別)
いつでも元気 2025.10 No.407
