スラヴ放浪記 塾の存在が意味不明 欧州教育事情
文・写真 丸山美和(ルポライター、クラクフ在住。ポーランド国立ヤギェロン大学講師)

筆者が勤務するポーランド国立ヤギェロン大学
2025年も暮れ、ラストスパートに入る受験生も多い。塾や予備校の送迎、夜食の準備、健康管理など、我が子へのさまざまなサポートに明け暮れる保護者もいることだろう。
日本や韓国、中国の子どもが経験する〝受験戦争〟は、欧州ではなかなか理解してもらえない。つい先日、元教員のアンナさんに「ポーランドの子どもたちは放課後、学校とは別の場所で学習することはありますか」と尋ねると「スポーツと音楽が多いわね。日本の柔道や空手も人気が高い」と、習い事やクラブ活動を挙げた。
勉強のことと強調しても、「知的なことならチェスの教室も盛んで、子どもから大人まで熱心に通う人が多い。そうそう、社会性や協調性を培うボーイスカウトも人気がある」と続けた。
「いや、そうではなくて、学校での授業科目をひたすら勉強するのです」と食い下がると、「教師は給料以外で収入を得ることが禁止されている」と言って取り合わない。日本には塾や予備校がたくさんあると説明して、初めて理解してもらえた。
アンナさんとの会話を通して、いかに日本社会が受験を一大産業にしているか、改めて確認した。
欧州に〝受験勉強〟の類が全くないかといえば、そうではない。ポーランドの高校では、「マトゥーラ」と呼ばれる卒業と大学入学資格を得るための全国共通試験がある。当日はテレビが中継するなど、日本の共通テスト並みの国家イベントだ。科目は国語のポーランド語、数学、外国語の3科目。合格しなければ高校を卒業できない。これは一大事だ。
勉強を怠っていた生徒たちは、ここで初めて焦ることとなる。大学生がバイト代わりに勉強を教える「マトゥーラ、助けます」などと書かれた紙が、電信柱などに貼られている。
マトゥーラをパスした生徒は、晴れて高校卒業だ。卒業式で男子生徒はスーツやタキシード、女子生徒はイブニングドレスに身を包み、保護者の前で伝統的な社交ダンスを披露する。
マトゥーラの後は、大学進学が待っている。ポーランドには日本のような大学入試はなく、高校で得た評定の合計点数が各大学の審査基準になる。出願料は約3千円程度だ。
気になる学費だが、ポーランドやチェコ、ドイツなど、欧州のいくつかの国では国の公用語で授業を受ける場合、国公立大学の授業料は無料だ。また、社会人が夕方と週末を使って学ぶコースもあり、学費は月に1万円程度。入学金も設備費などの雑費もない。さらに博士課程となれば、月十数万円の生活補助も支給される。筆者もクラクフの大学院ではポーランド語で授業を受けたため、無料だった。
金銭的な心配がないため、「大学の授業が自分に合わない」と感じたら、異なる学科に入り直す学生も少なくない。また、2つの学科を同時に専攻する学生も珍しくない。かつての同級生の中には、筆者が在籍したジャーナリズム学科と並行して他大学の国際学科で学ぶ人がいた。筆者が勤める国立大学の教え子にも、異なる2つの学科を同時に卒業した学生がいた。ともに勉強熱心だった。
卒業後の進路だが、専門分野を生かした職業に就く人もいれば、就職せずに何年か世界を旅する人もいる。意欲があればさまざまな可能性が広がり、日本では考えられない選択ができる。高い学費負担にあえぐ日本の学生や保護者にとって、夢のような話だ。
すべての国の若者が、限りない可能性を存分に発揮できる環境を実現してほしいと願いつつ、新年を迎えよう。
いつでも元気 2025.12 No.409
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